船を愛する人であれば、この圧巻の大型原油タンカーを誰もが知っていることでしょう。その名も「VLCC (Very Large Crude Oil Carrier)」。この船種はVery Largeと呼ばれるだけあり、その全長は333m、幅は60m、積載量は約30万キロリットルという、壮大なスケールを持つ船舶です。約30万キロリットルという数字は想像できないかも知れませんが、日本で消費される原油の約半日分に相当する膨大な量です。私はこの船舶に携わり、安全運航と原油の安定供給の仕事に従事しています。
社会・文明の基盤となる大量の原油を、船舶で輸送するという業務。これは陸上輸送とは異なり、その文明の火を消さないために、24時間365日、休みなく行われています。その恒常的な循環性を保つために、私たち航海士は毎日8時間(4時間×2回)の航海当直を、3直制で回すシステムを導入しています。
*3直制:(例) 二航士 00:00-04:00、12:00-16:00
VLCCの航海士にとっては、貨物(原油)の輸送のみならず、積地(ペルシャ湾岸諸国)や揚地での包括的な業務も重要な意味を持ちます。積地では船体強度・許容喫水を考慮しながら可能な限りの量の原油を積み、揚地では船舶搭載のポンプ使用の効率性を高めて陸上タンクへ原油を揚げる作業を行います。これらの業務を行うには、高度な知識・技能・経験が必要不可欠です。このプロフェッショナル性こそが、油輸送船(タンカー)乗組員が「タンカーマン」という名前で呼ばれている理由なのです。
かつては航海士というと、『何年も陸の家族や友人と離れて孤独に暮らさねばならない』というようなイメージがあったと思います。古い話となりますが、中世ヴェネツィア共和国では貿易商人が一度航海に出ると十数年も家族と顔を合わせることがなかったと言われています。著書『東方見聞録』で知られる商人マルコ・ポーロは、生まれる前に父親が貿易の航海に出て、父親と初めて顔を合わせたのは15年ほど経った頃だったということです。
しかし近年では、科学技術の革新の恩恵を受けて、船舶には衛星回線のインターネット設備が搭載されており、個人のスマートフォンで家族や友人とメッセージのやり取りが気軽に行えるようになっています。また、メッセージだけでなく、電波の良い時であればビデオ通話をすることも可能です。画面越しではありますが、家族の様子や子供の成長を近くに感じることができます。