「CIGS太陽電池」で
宇宙開発に無限の可能性を
心躍る未来を切り拓くのは
新規事業への飽くなき挑戦

  • JAXA
    研究開発部門 第一研究ユニット
    T.OKUMURA
  • 出光興産株式会社
    イノベーションセンター 次世代技術研究所
    先端無機材料研究室
    H.TOMITA
  • 出光興産株式会社
    イノベーションセンター 技術戦略部
    戦略企画室 新規事業グループ
    D.OGAWA

2025年10月26日、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送を行う新型宇宙ステーション補給機1号機(HTV-X1)を打ち上げた。同機は、数カ月の係留を経てISSから離脱した後、軌道上での複数の技術実証ミッションを行うこととなる。そのうちの一つ、次世代宇宙用太陽電池の軌道上実証「SDX」に、出光興産のイノベーションセンターが開発したCIGS太陽電池が採用されている。宇宙用太陽電池の事業化に取り組む担当者2名と、SDXを主導したJAXAのご担当者をゲストに迎え、「切り拓く」をテーマにインタビューを行った。

INTERVIEW POINT

T.OKUMURA
大学・大学院では宇宙関係の研究室に所属。宇宙プラズマに耐えるものづくりが専門。2012年にJAXA入構。以来、宇宙機の帯電対策技術と太陽電池パネルの研究開発に従事。JAXAの太陽電池パネル設計標準委員会のサブリーダーも務める。高度2000km以下の低軌道での各種実証ミッション機器の開発を主導し、その成功に貢献した。これらの開発経験を活かし、次世代宇宙用太陽電池の軌道上実証「SDX」を主導。SDXの命名者でもある。

H.TOMITA
大学・大学院では固体物理を専攻。2012年に昭和シェル石油の子会社であるソーラーフロンティア入社。技術開発部および商品開発部において、CIGS太陽電池の高効率化と信頼性評価を担当。2019年の出光興産・昭和シェル石油の経営統合を機に出光興産に出向。2021年より宇宙用太陽電池プロジェクトに参画、出光興産に転籍。技術開発のテーマリーダーとして、JAXAとの窓口も務める。

D.OGAWA
大学・大学院では化学を専攻。2008年に出光興産入社。機能材料研究所、潤滑油部門の営業研究所を経て、2016年から2019年まで共同研究のためスイス連邦工科大学チューリッヒ校へ留学(Ph.D.取得)。2021年より技術戦略部で高機能材事業におけるオープンイノベーション活動を推進。2024年より現職。宇宙用太陽電池プロジェクトにおけるマーケティングと広報を担当。

壁にぶつかりながらも
新たな領域へ活路を見出す
研究開発を積み重ね
掴んだ事業の芽

オイルショックを背景に、太陽電池の可能性に着目

出光興産が手がける、次世代の宇宙用太陽電池。一般に知られる「石油の会社」のイメージとは隔たりがあるが、実は、この分野において出光興産には長い蓄積がある。発端は、石油元売り各社が、石油の代替となるエネルギーや新たなビジネス領域を模索する契機となった、1970年代のオイルショック。この時、出光興産では有機EL材料リチウム固体電解質の開発に着手。一方、のちに出光興産と経営統合する昭和シェル石油では、太陽電池に将来性を見出し、1978年から研究開発をスタートさせた※1

H.TOMITA 「今回、JAXAさんの次世代宇宙用太陽電池の軌道上実証(Space solar cell Demonstration instrument on HTV-X:SDX)に採用されたCIGS太陽電池は、1993年から本格的な研究開発に乗り出したもので、2005年に事業化に至りました。もっとも、当時は、あくまで地上の汎用用途での事業展開でした」

「CIGS」は、銅(Copper)、インジウム(Indium)、ガリウム(Gallium)、セレン(Selenium)の頭文字。これらの元素からなる化合物半導体を、薄膜状の光吸収層としたものがCIGS太陽電池だ。

H.TOMITA 「入社以来、CIGSを用いた汎用太陽電池パネルの研究開発に取り組んでいました。2019年には昭和シェル石油と出光興産が統合しましたが、この頃は地上用太陽電池の市場はコストばかりが重視される、まさにレッドオーシャンと呼ばれる非常に厳しい状況でした。社内において『宇宙』という新たなフィールドが明確に設定されたのは、2020年のことです」

  • 当時の昭和石油による活動。1985年に昭和石油とシェル石油が合併し、昭和シェル石油が誕生。

2020年、新生出光興産の次世代技術研究所は、これまで昭和シェル・出光の両社が開発してきた技術・材料を棚卸しして、新たな用途での展開を検討するプロジェクトを走らせた。
その際、CIGS太陽電池については、「耐放射線性が高い」という特性から、強い放射線にさらされる宇宙空間に活路が見いだされることとなった。また、長年の研究開発を通じ、「量産化」「高効率化」に必要な技術の蓄積があったことも、この判断を後押しした。こうして、「宇宙用太陽電池プロジェクト」が立ち上がることとなった。

D.OGAWA 「私は2024年にプロジェクトに参画しました。宇宙も太陽電池も、ビジネスとしては私にとって未知の領域であり、異動が決まった際は正直戸惑いもありました。一方で、幼いころから壁に太陽系のポスターを貼るほど、実は大の宇宙好き(笑)。当時の上司の後押しもあり、宇宙という新たなフィールドを切り拓くというチャレンジングなミッションに奮起しました」

JAXAの導きのもと
「宇宙仕様」の
視点と発想を
着実に獲得

「3接合太陽電池」の低コスト化を企図。CIGS太陽電池の実績を持つ出光に白羽の矢

今回、SDXでは、もう1社の供給メーカーと出光興産、JAXAの3者が共同で開発した3層構造の太陽電池「PHOENIX」と、出光興産のCIGS太陽電池単体での実証が、並行して行われる。

T.OKUMURA 「これまで、1種類のウェハ(半導体材料でできた薄い円盤状の基盤)上に3層分の薄膜太陽電池を積層させた『3接合太陽電池』を運用してきましたが、値段が高く、科学衛星など性能重視の衛星に使用を限定せざるを得ませんでした。そこで、上部の2層は従来のまま、3層目として、より低コストでの製造が可能なCIGS太陽電池を接合するアイデアを実証することになりました。これが『PHOENIX』です。具体的には、薄膜2接合太陽電池とCIGS太陽電池を貼り合わせています。3層目にCIGS太陽電池を用いると決まった時点で、豊富な開発経験を有している出光さんに協力を打診しました」

H.TOMITA 「宇宙空間に耐え得るものを作る上では、どういった課題があるのか、どういったアプローチが選択肢になり得るのか。当初は、前提条件の部分で考えが及ばず、多くのことをJAXAさんに教えていただきながら試験を重ねました。また、打合せでJAXAの方々から飛び出す“宇宙語”の意味が分からなくて、その場で質問したり後から調べたりすることも多かったですね」

T.OKUMURA 「宇宙空間では、地球上とは全く異なる環境条件に対応する必要があります。最も特徴的なのは、強い放射線に絶え間なくさらされること。また気温も、約マイナス100℃からプラス100℃までの範囲で大きく変化します。とくに放射線は、太陽電池の性能劣化に直結するため、『放射線に耐えられるものづくり』を念頭におく必要があるのです。このあたりの感覚は、宇宙用途の開発経験がないと初めはなかなか理解してもらいにくい部分でもあります」

「地上用」と「宇宙用」。環境の著しい乖離からくるギャップを乗り越えて

H.TOMITA 「たしかに、宇宙仕様のスタンダードを理解することが、最初のハードルだった気がします。また、信頼性の面では厳格さが求められる一方で、方法論については私たちの認識では宇宙向きとは思えないアプローチが、実は有効であることが分かり、意外に感じる場面もありました。先ほどあったようにPHOENIXは2接合太陽電池とCIGS太陽電池を貼り合わせているのですが、『接着剤で貼り合わせたら良いのでは?』というアイデアを伺った時は驚きましたね。『溶接でなくて良いんだ!』と(笑)。接着剤に限らず、宇宙環境で使って問題ないかどうか、使う場合はどういった点に注意して使わないといけないのか、JAXAさんの中でしっかり検証・蓄積されている。JAXAさんには宇宙用途のものづくりにおいて配慮すべき点を一つひとつ教えていただくとともに、当社の太陽電池の様々な信頼性評価試験も実施していただきました。その過程で、当社のCIGS太陽電池は徐々に宇宙用途になり、“地球人”であった私たち自身も“宇宙語”を理解する“宇宙人”に少しずつ近づくことができました(笑)」

T.OKUMURA 「電気がないと、人工衛星は動きません。そのため、太陽電池は人工衛星にとって極めて重要なパーツです。また、一度打ち上げてしまったら、故障が起きてもすぐ交換に行くことができません。だからなおのこと、高い信頼度が求められるのです。太陽電池の場合、まずは2cm角ほどのセルを用いて地上で放射線の照射試験を行い、次に宇宙空間で実証。それもクリアしたら実際の製品と同等サイズのセルでの評価、最終的にはセルを複数組み合わせたパネルでの評価といったように、ステップ・バイ・ステップで開発が進んでいきます。打ち上げ時の振動環境に耐えられるか、軌道上の熱サイクル環境に耐えられるか、といった観点での検証も重要です」

未知の領域へ。実証に募るのは不安よりも大きな期待

SDXでは、PHOENIXに加えて、CIGS太陽電池単体での実証も行う。これは、出光興産の働きかけにより実現した。

H.TOMITA 「率直に、CIGS太陽電池単独での実力を見極めたいとの思いから、打診しました。常に実績が問われる世界なので、お客様への提案の場でも『実際に、宇宙に飛ばしたことあるの?』と必ず聞かれます。PHOENIXの上部2層は、短波長の光の吸収に優れているので、3層目のCIGS太陽電池では主に長波長の光を受け取ります。一方、CIGS太陽電池単独の場合は短波長から長波長まで全ての光がCIGSに届きます。SDXの結果については、PHOENIXと単独、どちらについても期待が不安を上回りますね。宇宙空間で何が起こるのか予想がつかない分、どちらの実証結果も楽しみです」

T.OKUMURA 「PHOENIXは非常に難易度の高い開発でしたが、2接合太陽電池の供給メーカーともうまく協働し、SDXに搭載できるレベルにまで仕上げていただきました。また、CIGS太陽電池単独での搭載はPHOENIXの軌道上での動作を検証するという重要な意味もあります。その実現のために宇宙で使用可能なセルをスピーディーに提供していただき、感謝しています」

D.OGAWA 「そのお言葉は嬉しいです!研究所には、パートナーの期待に応えようと、協力して動けるメンバーがそろっています。高いハードルにもチームの総力で挑み、なんとしても達成しようとする—いわば『有事に強い』のは、出光らしさかもしれません。また、CIGSそのものは、当社の高機能材事業領域発の『マテリアル』ですが、私たちが今手がけているのは、CIGS太陽電池という『デバイス』です。出光の中でもユニークな位置づけにあると認識しているので、SDX実証の結果を次なる展開につなげていきたいです」

H.TOMITA 「開発期間を通して、JAXAさんにはずっと伴走していただきました。試験環境用装置の提供から、試験の実施に際しての助言、さらには結果をいかに読み解くか。どこをとっても、当社のみではなし得ませんでした。関わる前は、世界のJAXAに敷居の高さを感じていましたが、当初からフランクに議論ができたこともありがたかったです。『宇宙用CIGS太陽電池の社会実装を実現させたい』との想いはJAXAさんからも非常に強く感じており、この共通項があればこそ、今回の開発もうまく進められたのだと思っています」

CIGS太陽電池の
可能性を信じ
エネルギー企業として
宇宙開発へ貢献

まずは、軌道上での正常な動作を確認。そして……

SDXは、HTV-X1がISSへの補給ミッションを完遂した後に、約2カ月間かけて実施される予定。結果が得られるのは少し先(※2025年11月現在)のことになるが、出光興産とJAXA、双方とも今後の展開に大きな期待を寄せている。

D.OGAWA 「将来的には、通信用途や地球観測、さらには防衛用途といったさまざまな目的を持つ人工衛星に、出光のCIGS太陽電池を広く使っていただけるようにしたいと考えています。耐放射線性に優れたCIGS太陽電池ならば、放射線が強くてこれまでは避けていたような場所にも衛星を飛ばすことができる可能性が高まります。また、既存の人工衛星を、より安価に、長期間運用していく上でもお役に立てるはずです。『出光のCIGS太陽電池だからこそ、この領域にも打ち上げられる』と、お客様に認知していただけるような存在を目指したいです。
その次に、月面開発や火星探査の際にも発電できる太陽電池として、さらに進化させていけたらいいなという想いもあります。究極的には、宇宙空間で発電した電気を地上で活用する『宇宙太陽光発電』構想の具現化にも、エネルギー企業として貢献していきたいですね」

H.TOMITA 「宇宙太陽光発電は、私も同感です。もちろん、そのためにはまだまだ改善すべき点がありますが、CIGSが本来持つマテリアルとしての強みと、出光の量産実績の強み。この二つの優位性を持つ我々が目指すべきところだと思います。ぜひ将来は宇宙にギガソーラーを作りたいですね」

T.OKUMURA 「ワクワクしますね。私は、従来にない『低コストな太陽電池』である点で、CIGS太陽電池には大きな期待を寄せています。宇宙開発は、お金がかかります。CIGS太陽電池をパネル化して衛星の動力源にできれば、多様な事業者が、より多くの衛星を打ち上げられるようになるはずです。国際的には小型衛星の製造からサービスまでを一貫して行うような事業者も登場しつつある中で、CIGS太陽電池は、国内の事業者が衛星コンステレーション(複数の人工衛星を同一軌道上で協調動作させ一体的に運用すること)の構築を実現させる道を拓くものになるはずです。今回のSDXの実証を受けて、今後、スピーディーな提供が実現されることを期待しています」

事業環境の変化を
チャンスと捉え挑み続ける
挑戦を後押しする風土が
未来への可能性を拓く

新たな事業の芽を大切に育てる、出光のR&D風土

今回のSDX実証におけるCIGS太陽電池の採用は、30余年に及ぶ研究開発の蓄積なくしては、決して成し得ないものだった。時に逆風に見舞われても、新たな事業の芽を、絶やすことなく育て続ける。こうした企業風土が呼び込んだチャンスともいえる。さらに、積極的な投資でさらなる挑戦を後押しする社風が、「石油元売り」という一語で業容を形容するのがもはや困難となった、今日の出光興産を形づくってきた。
目下、CIGS太陽電池の事業を展開していくため、出光興産では宇宙用太陽電池プロジェクトの体制拡充を急ピッチで進めている。

D.OGAWA 「ソーラーフロンティアで地上用CIGS太陽電池の量産に携わっていたメンバーや、新規事業の立ち上げや市場開拓の経験を有するメンバーなど、宇宙用CIGS太陽電池事業の立ち上げに向けてさまざまなバックグラウンドを持つ仲間がプロジェクトに参画しています。また、宇宙用太陽電池マーケットの最前線でもある米国の当社拠点Idemitsu Americas Holdingsにおいては、宇宙業界出身のナショナルスタッフも本プロジェクトの専属メンバーとして加わりました」

HTV-Xの記念すべき1号機で、SDX実証のため宇宙へと打ち上げられた出光のCIGS太陽電池。国内外の宇宙開発事業に足跡を刻む長い旅路が、ここから始まる。

ANOTHER STORY

技術開発担当(H.TOMITA)と、マーケティング・広報担当(D.OGAWA)。異なる立場でCIGS太陽電池の事業化に奔走する両名に、互いについて聞いてみた。

H.TOMITA:
「徹底的当事者意識の見本のような人」
小川さんは、マーケティングに限らず、このプロジェクトの前進に必要なあらゆる業務に、率先して取り組む方です(このインタビューも然り)。今はバリバリの営業マンですが、元々は研究者でもあるので、実はよく技術ディスカッションもしています。

D.OGAWA:
「さまざまな課題に気付いてくれる頼もしい相方」
冨田さんとは海外のお客様を一緒に訪問していますが、私が見落としてしまうような、顧客要望に関する技術的な難しさや時間軸的な課題などを、すかさずキャッチしてくれます。技術のリーダーですので、技術面で分からないことがあるとすぐに相談しています。

※2025年11月時点