エネルギーとマテリアル領域の
持続的な成長を
スタートアップとの
共創で未来へつなぐ

  • 事業投資統括室CVC 兼
    Idemitsu Innovation Europe AG
    Y.MIURA

3年間で最大100億円の投資予算を掲げ、2024年7月に設立された出光CVC※1(Idemitsu Corporate Venture Capital)。発足以来、「低炭素エネルギー」と「先進マテリアル」の2領域において、革新的な技術を持つ国内外のスタートアップ(以下、SU)企業への出資を行っている。出光CVCの立ち上げを主導し、現在は出光CVCの本拠地であるスイス・バーゼルに駐在中の担当者に、「つなげる」をテーマに、出光CVCが行う投資の狙いや特色、今後の展望を聞いた。

  • 1. CVC:既存事業とのシナジーや新規事業の創出を目的に、未上場のSU企業に出資や支援を行う活動。

INTERVIEW POINT

大学・大学院では化学工学を専攻。2012年に昭和シェル石油入社。研究所で高性能燃料の開発や自動車メーカーなどとの共同研究を担当。2018年より海外留学制度を活用して米ミシガン大学に留学、MBAを取得。2020年には統合後の出光興産で技術戦略部の立ち上げに携わる。2023年よりIdemitsu Innovation EuropeでSU投資を担当。2024年7月以降は、出光CVCで投資業務に携わる。

自前主義を脱し
イノベーションを可能にする
「点」を増やすための
投資活動を提案

エネルギー市場の変革期における、CVCという選択

創業以来、石油事業を柱に成長を続けてきた出光興産は今、エネルギー市場の大きな変革期に直面している。低炭素化・循環型社会への転換が求められる中、将来にわたりエネルギーとマテリアル(素材)供給のメインプレーヤーであり続けるためには、イノベーションが不可欠。出光CVCによるSU企業への投資は、大学・公的研究機関との連携などと並び、出光興産が進めるオープンイノベーション※2施策の一環に位置付けられる。

  • 2. オープンイノベーション:企業が自社の枠を超え、SU企業や大学など外部の知見や技術を取り込みながら新たな価値を創出する取り組み。

「SUとの連携は、2019年に国内ファンドへの出資から始まりました。翌年には海外ファンドへの出資も開始し、私自身も海外ファンドに出向して、SUへの投資に関する知見を深めるため欧米流のクリーンテック・マテリアル※3領域における技術・ビジネスのデューデリジェンス(以下、DD)※4を学びました。この時の出資先が、現在、出光CVCがパートナーシップを結んでいるスイスのベンチャーキャピタル(以下、VC)※5、Emerald Technology Ventures(以下、エメラルド社)です」

  • 3. クリーンテック・マテリアル:脱炭素や資源循環に貢献する新素材。
  • 4. デューデリジェンス:投資対象企業の財務や事業内容などを詳細に調査・評価すること。
  • 5. ベンチャーキャピタル:成長企業に投資し、事業成長を支援する投資会社。

日本では、20~30年ほど前からCVCに取り組む企業もあったが、出光興産は後発であり、初めての挑戦だった。

「国内の7~8割のCVCが設立から5年以内に活動を終了する、というデータもありました。それならば、有望なSUの発掘・調査・モニタリングは投資のプロであるVCの力を借り、自社では戦略構築と最終投資判断に注力する体制を整えてはどうかと考えました」

VCが運用するファンドは、短期的な財務リターンを見込みやすいが、自社の戦略を織り込むことは難しい。一方、自社で立ち上げたCVCは、戦略に沿った投資は可能だが、財務リターンの面で不確実性が極めて高い。エメラルド社とのパートナーシップを前提としたCVCの発足は、こうした課題を念頭に置いたものだった。

成長速度に期待し、海外SU企業との連携を模索

そもそも、出光興産が海外のSU企業との連携に乗り出したのは、外部連携が乏しかったという一種の“気づき”からだった。

「2020年ごろに出光の研究開発費などを分析した結果、事業規模に比して、大学との共同研究のような外部連携への投資が少ないことが分かりました。数少ない外部連携への投資も対象のほとんどは国内であり、海外との連携は皆無といっていい状況でした」

出光CVCがエメラルド社とパートナーシップを結んだのは、当初から海外のSU企業への投資を目的にしていたためである。SU企業が急成長を遂げるためには、「潤沢な資金」と「大きなマーケット」が欠かせない。欧米のSU企業は投資家の層が厚く、豊富な資金を得ながら早いスピードで事業開発に挑むことができるため、短期間で成果を挙げやすい。

「現状は、エメラルド社と共創しながら投資のノウハウを蓄積している段階です。十分な知見が得られたら、出光で独自に国内のSUへの出資も行っていこうと、今はそんな議論もしています」

技術とビジネスをつなぐ、新しい事業化プロセスへ。SU投資を後押しする仕組みを設計

“気づき”はもう一つある。研究開発の主眼が「技術が強みの新規事業」に置かれていた点だ。研究所は、自社発の技術開発を前提に事業を検討する。そして、事業化に向けた評価は、主に技術畑の担当者が担う仕組みとなっていた。唯一無二の技術に高い価値があるのは議論をするまでもない。一方で、事業を通して社会に貢献することが目的ならば、技術の優位性に加えて、ビジネスの視点や外部との連携も欠かせない。この点について、トップマネジメントのほか、各研究所や事業部門の長を巻き込んで三浦も議論に加わり、事業化プロセスの抜本的な再設計へとつなげた。

「『自社発の技術』が前提になると、自分たちの今ある強みを生かせるような新規事業の創出が中心となります。大切なことではありますが、10年、20年、さらにその先の社会を見据えながらイノベーションを成し遂げていくためには、それだけにとらわれていては、可能性を狭めてしまいます」

こうして、評価項目には技術的観点に加えてビジネスの観点や「外部連携」の有無を問う項目も加えられた。また、評価にはコーポレート・事業部門の担当者も関わることとなり、「事業化」に主眼を置いた研究開発が活発化する素地を三浦が主導で整えた。

自社の外に広がる
可能性にも
賭けることができる
カルチャーの醸成

自社の枠にとどまらない“成長戦略”こそがターゲット

出光CVCは、2025年4月に、次世代通信インフラの構築に不可欠な高速通信デバイス材料を開発するアメリカのNLM Photonicsへの出資を決定。また同年10月には、産業物流向けにリチウムイオン電池ソリューションを提供するオランダのmaxwell+sparkに、さらに翌11月には、再生可能エネルギー由来の水素とCO₂を原料とする合成燃料の製造・販売を行うドイツのINERATECへの出資を開始した。

「世の中のトレンドが変化する中で、石油事業を中心とした既存アセットのみをよりどころにして新規事業を創出するのは、決して容易ではありません。かといって、石油事業とは隔たりのある“飛び地”に自前で踏み込むことも、現実的とは言えません。だからこそ、投資という手段を用いることでカバーできるはず。出光CVCでは、そうした考えのもと投資活動を展開しています」

各投資先は、将来の出光興産の事業ポートフォリオを構成する「点」。その点を打つ場所は、自社のアセットの外側、新たな可能性が広がる領域にある。

「出光はこれまでも有機EL材料のように、石油事業からは離れた領域でも新規事業を創出してきました。これらは、当時のマネジメントが、長期的な視点でトレンドを予測しながら種をまき続けた成果です。今は、トレンドの変化も早まり、事業化まで10年も待っていられないように思います。だからこそ、SUへの投資というかたちで打った『点』を、世の中のトレンドにいかに大きく掛け合わせられるか。複数打った『点と点のつながり』を濃くすることができるか。そうした視点に立って、投資ポートフォリオを構築しています」

外の世界を探索し、フラットな目線で未来を見据える「投資専門家」

出光CVCの立ち上げ当初は、出光CVCの方針と、各事業部やコーポレート部門の意向にギャップが生じることもあった。

「SU投資を行いたいと考えている事業部などから、研究開発段階や、投機に近いSUを紹介されることもありました。研究開発段階のSUでは戦略リターンは期待できる一方、十分なDDが難しく、財務リターンの確保は容易ではありません。出光CVCの立ち上げに際しては、投資に先立ちしっかりとDDを行い、一定程度の財務リターンを確保することをマネジメント層と約束していたため、これらの投資案件は出光CVCが目指すものとは逆行していたのです」

そこで投資リターンを「財務リターン」と「戦略リターン」の2つに分け、それぞれを評価軸とした投資ポートフォリオの構築イメージを作成。検討対象となる投資案件の位置付けや、戦略的な意義を総合的に判断できるようにして、関係部署との認識合わせに努めた。そして、出光CVCの活動が軌道に乗ってからも、社内の各部との対話は重視している。

「CVCの判断で投資案件をトップマネジメントに直接提案することもできますが、あえて関係する方々の意見をもらうようにしています。SUとは事業規模が異なる出光の社員目線で見ると、SUへの評価は否定的になることも少なくありません。そうした厳しい意見と、これから市場を切り開こうとするSU側の意見の両方を聴きながら、出光としての意見を形作っていくことが大切だと考えています。『そのような事業は現実的でない』という声があったとしても、将来的にそうした世界が訪れる可能性を踏まえて社内で議論を重ね、合意形成しています。そうした姿勢やプロセスを大切にして投資を進めています」

投資案件の中には、関係部署のほぼ全員が当初は反対したケースもあった。しかし、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わし、SU企業の現地視察も行った結果、最終的にはマネジメント全員の賛同が得られたという。

「外の世界をしっかり探索し、自分たちの常識とは異なる技術やビジネスモデルもフラットな目線で捉え、自分たちが社会に貢献する姿を過去にとらわれずに考えていくことが大切だと考えています。今後も、社内での『投資専門家』としての知恵を出し方針を示すことで、出光のSU投資をリードしていく役割を担っていきたいです」

スタートアップ企業は将来に向けた仮説を磨く「砥石(といし)」

出資が決まった投資先のSU企業には、出光興産の技術や研究開発力はもとより、サプライチェーンや顧客基盤なども適宜共有し、事業開発を支援している。

「出資先のSUは、当社にとって言わば『砥石』のような存在だと感じています。投資ポートフォリオを構築する際は、まず仮説を立てることから始めるわけですが、その仮説は、社会のトレンドや関連する領域の市場動向など、いくつもの前提条件があって成り立つものです。また、複数の候補のうち、どの技術が最速で商業化されるのかという技術開発上の仮説も検討する必要がある。これらの可能性を、自社だけで検証していくのは困難です」

だからこそ、ある仮説に照準を合わせて、事業を興そうとしているSU企業に出資し、事業化へのプロセスに伴走することで、自分たちの仮説をアップデートしていくことができる。実際、SU企業の発想や仮説から学ぶことは非常に多いという。

「スピード感覚の違いは、今後の課題かもしれません。やはり、SUの世界に慣れているエメラルド社は、作業も意思決定もスピーディーです。SUに対する問いも、投資をする上で本当に必要なことに絞って投げかけることに長けています。出光の投資検討は、現段階では同じような速さでというわけにはいきません。これからですね」

出光興産の将来を
背負って立つ
これからの人財を
育むために

ビジョンを持ち、世界のプレーヤーたちと対話できる人財に

出光CVCは現在、バーゼルに常駐するスタッフ4名と、東京本社のスタッフ2名が連携して業務にあたっている。さらに、人財育成を目的として、出光興産本社からトレーニーがバーゼルのオフィスに派遣されている。

「出光CVCは、グローバルな知見と実力を備えた人財育成の場でもあります。そのために、トレーニーには、『社内の誰かに聞いて決める』のではなく、『自分の頭で会社の未来について考える』ことがCVCの役目であると伝えた上で、革新的なSUとの対話や、投資判断の実践を一緒に重ねてもらっているところです」

三浦自身も、そうした「外の世界」に身を置く中で多くの刺激を受けてきた。とある投資先のDDを実行中に、出光興産本社のトップマネジメント数名と共に現地のCEOを訪問した際のことだ。くしくも、そのCEOは三浦とほぼ同年代であった。ゼロから会社を立ち上げ、累計数百億円の資金を調達し、百数十名の社員を率いるリーダーとしての度量と気概に、三浦は心を動かされたという。

「マネジメントの面々も、このCEOの誠実さや専門性の深さ、話の分かりやすさ、そして真摯(しんし)な姿勢に感じるところがあったようです。何千回ものプレゼンを重ね、人生を賭けSUを起こしている方の覚悟に触れると、私自身ももっと真摯であるべきだと感じます。かつて、出光の先輩に教わった『提案するのも、意思決定するのも、それを正解にするのも最後は人』という言葉を思い返すとともに、改めて周囲への接し方や言動も変えるべきなのかなと感じた出来事です」

社会変革のプレーヤーたちが抱く社会貢献への想いを受け止め、新たな世界観を共有する。それができるだけの広い視野を持った人財を育むこともまた、出光興産が持続的な成長を続け、未来に価値をつなげる上で不可欠なのだ。

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静けさと誠実さに包まれた国、住んで感じたスイスの魅力

実際に住んでみて感じるスイスは、驚くほど日本に似た国です。安全で穏やかで、みんなが誠実に働いている。バーゼルでは国境を越えて人が行き交い、製薬や金融など、知識や専門性を生かした産業が経済の中心を担っています。自然を大切にし、流行に流されない文化も魅力。現地の言葉を学び、コミュニティーの一員として受け入れられる。そんな手間を惜しまない真面目さがスイスらしく、日本人には心地よく感じます。

※2026年2月時点