自社の枠にとどまらない“成長戦略”こそがターゲット
出光CVCは、2025年4月に、次世代通信インフラの構築に不可欠な高速通信デバイス材料を開発するアメリカのNLM Photonicsへの出資を決定。また同年10月には、産業物流向けにリチウムイオン電池ソリューションを提供するオランダのmaxwell+sparkに、さらに翌11月には、再生可能エネルギー由来の水素とCO₂を原料とする合成燃料の製造・販売を行うドイツのINERATECへの出資を開始した。
「世の中のトレンドが変化する中で、石油事業を中心とした既存アセットのみをよりどころにして新規事業を創出するのは、決して容易ではありません。かといって、石油事業とは隔たりのある“飛び地”に自前で踏み込むことも、現実的とは言えません。だからこそ、投資という手段を用いることでカバーできるはず。出光CVCでは、そうした考えのもと投資活動を展開しています」
各投資先は、将来の出光興産の事業ポートフォリオを構成する「点」。その点を打つ場所は、自社のアセットの外側、新たな可能性が広がる領域にある。
「出光はこれまでも有機EL材料のように、石油事業からは離れた領域でも新規事業を創出してきました。これらは、当時のマネジメントが、長期的な視点でトレンドを予測しながら種をまき続けた成果です。今は、トレンドの変化も早まり、事業化まで10年も待っていられないように思います。だからこそ、SUへの投資というかたちで打った『点』を、世の中のトレンドにいかに大きく掛け合わせられるか。複数打った『点と点のつながり』を濃くすることができるか。そうした視点に立って、投資ポートフォリオを構築しています」
外の世界を探索し、フラットな目線で未来を見据える「投資専門家」
出光CVCの立ち上げ当初は、出光CVCの方針と、各事業部やコーポレート部門の意向にギャップが生じることもあった。
「SU投資を行いたいと考えている事業部などから、研究開発段階や、投機に近いSUを紹介されることもありました。研究開発段階のSUでは戦略リターンは期待できる一方、十分なDDが難しく、財務リターンの確保は容易ではありません。出光CVCの立ち上げに際しては、投資に先立ちしっかりとDDを行い、一定程度の財務リターンを確保することをマネジメント層と約束していたため、これらの投資案件は出光CVCが目指すものとは逆行していたのです」
そこで投資リターンを「財務リターン」と「戦略リターン」の2つに分け、それぞれを評価軸とした投資ポートフォリオの構築イメージを作成。検討対象となる投資案件の位置付けや、戦略的な意義を総合的に判断できるようにして、関係部署との認識合わせに努めた。そして、出光CVCの活動が軌道に乗ってからも、社内の各部との対話は重視している。
「CVCの判断で投資案件をトップマネジメントに直接提案することもできますが、あえて関係する方々の意見をもらうようにしています。SUとは事業規模が異なる出光の社員目線で見ると、SUへの評価は否定的になることも少なくありません。そうした厳しい意見と、これから市場を切り開こうとするSU側の意見の両方を聴きながら、出光としての意見を形作っていくことが大切だと考えています。『そのような事業は現実的でない』という声があったとしても、将来的にそうした世界が訪れる可能性を踏まえて社内で議論を重ね、合意形成しています。そうした姿勢やプロセスを大切にして投資を進めています」
投資案件の中には、関係部署のほぼ全員が当初は反対したケースもあった。しかし、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わし、SU企業の現地視察も行った結果、最終的にはマネジメント全員の賛同が得られたという。
「外の世界をしっかり探索し、自分たちの常識とは異なる技術やビジネスモデルもフラットな目線で捉え、自分たちが社会に貢献する姿を過去にとらわれずに考えていくことが大切だと考えています。今後も、社内での『投資専門家』としての知恵を出し方針を示すことで、出光のSU投資をリードしていく役割を担っていきたいです」
スタートアップ企業は将来に向けた仮説を磨く「砥石(といし)」
出資が決まった投資先のSU企業には、出光興産の技術や研究開発力はもとより、サプライチェーンや顧客基盤なども適宜共有し、事業開発を支援している。
「出資先のSUは、当社にとって言わば『砥石』のような存在だと感じています。投資ポートフォリオを構築する際は、まず仮説を立てることから始めるわけですが、その仮説は、社会のトレンドや関連する領域の市場動向など、いくつもの前提条件があって成り立つものです。また、複数の候補のうち、どの技術が最速で商業化されるのかという技術開発上の仮説も検討する必要がある。これらの可能性を、自社だけで検証していくのは困難です」
だからこそ、ある仮説に照準を合わせて、事業を興そうとしているSU企業に出資し、事業化へのプロセスに伴走することで、自分たちの仮説をアップデートしていくことができる。実際、SU企業の発想や仮説から学ぶことは非常に多いという。
「スピード感覚の違いは、今後の課題かもしれません。やはり、SUの世界に慣れているエメラルド社は、作業も意思決定もスピーディーです。SUに対する問いも、投資をする上で本当に必要なことに絞って投げかけることに長けています。出光の投資検討は、現段階では同じような速さでというわけにはいきません。これからですね」