努めて難関を歩め

僕は努めて難関を歩け、ということを言ってきた。
ある目標に達する時にイージーゴーイングをすれば、すぐに達せられる道がある。
これは経済学の教えである。

けれど僕は、努めて難関を歩けということを言って、経済学の原理とは反対の行動をとってきた。
なぜかといえば人間の目標は、ここにあるのではない。
その先の先にある。

イージーゴーイングをやって、ここにきた人は、ここまでは難関を歩いてきた人と一緒であるが、この先にまだ難関がある。その時には、もう登れない。

それは金持ちの坊ちゃんと一緒で、人間としての力がない。
努めて難関を歩いて、努めて苦労を味わう。
これが人間としては、大切なことである。
これを僕は教えてきた。

投機で金儲けはやらないという、経済原理に反することを言ってきたから、明治、大正、昭和の初め、いわゆる資本主義の全盛時代には極端に苦しんだ。

その苦しみが今日の出光をつくる、大きな基礎である。

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