川崎油槽所 引込線導入完成記念
(出典:『我が六十年間』Ⅲ巻 454~455頁)
出光を見て、出光は哲学者だとか、出光の経営には哲学があるとかいうが、私は何も哲学を研究したこともなければ、哲学に興味を持ったこともない。ただ、もし私に哲学があり、私が哲学者であるというならば、日本の民族性が哲学であり、日本の国体が哲学によってできた国体であると、こういう以外にはない。それでは哲学とはどういうことであるか。私がある哲学者に「哲学とは何ですか」と聞いたところが「真理の探究です」と言う。「真理とは何ですか」と言ったところ、それは「道」とか言った。「それは何ですか」と聞く。どこまでいったって何か訳のわからんことを言う。そのとき私は、おそらくこれが哲学の本が何十冊、何百冊になっているゆえんであろうと思った。
それで私がエンサイクロペディアを調べさせたら「人間が世界でどう生きていくべきか」ということが哲学の最後の結論なんです。「人間が世界でどう生きるか」ということは「平和に、幸せに」ということだと思うんです。一人で島流しにあっているのは悲惨であるが、じゃあ、二人以上おっていまの世の中のように対立闘争しておるならば、まだ一人のほうがいいじゃないかと思う。「二人以上いて、お互いに仲よく助け合って住む、これが哲学の目指すところである」と簡単に言ってくれればなんでもないことだと思う。それにいろいろ宗教、その他をそえ、それから自分も考えて実行すればよいのです。お互いに仲よく助け合うということは、やってみれば非常に気持ちのいいことです。出光ではそれをやってみて、もう皆がそれを信じて、これだ、これだと言っている