徳山製油所建設工事
(出典:『我が六十年間』第一巻 545~547頁)
産業立国ということを国是とするならば真剣にやらなければならぬ。昔は「士農工商」というて、商売人は最下位、士に対して土下座をする、人間の組に入るか入らないか判らないようなものであった。
これは金儲けのためには人格も売るからである。しかるに今日は士というものはない。それに代って国家の重責に任ずるものは何でしょう、商工業でしょう。農は国の大本だというから、食糧の責任を持つとしても、海外に伸びて行って実際に国運を背負うものは商工ですよ。そうすると商売人が昔の武士道的精神を持って国家隆昌の使命を感じ、外に向っては世界的にゼントルマンになって、言うことも信用が出来るし、道徳的にもしっかりしているということにならなければ真の商工立国ということは出来ないと思います。
それからどうしたら良い製品を作り得るか?まず第一に人間を造ることである。そうすると自然それが事業経営を合理化して製品に反映してくる。私はこういう信念を持って経営に当って居(お)ります。これは簡単なことだけれども、実行はむつかしい。言うことよりも実行することです。口では正直にやれというけれども、誰も正直にやらぬ。言うことは簡単だけれども実行が難しい。この尊い不言実行と云う日本道徳も戦後罪悪視されて口ばかり達者な不実行が今日の政治である。遺憾千万である。
私共、出光という会社は、ただ簡単なことを実行したということです。終戦前もそうですが、終戦後、ただ人間がしっかりやれば如何(いか)なることでもなし遂げられるということを実行した。耐乏生活を実行して、食うものも食わないようにして会社の収益の範囲内でやって来たでしょう。それだから今日のように実力が出来た。人間が強くなった。(中略)
この頃では不言実行だというと馬鹿みたようになっておる。所(ところ)が有言不実行の最大なものは国際連合です。世界中の一番偉い人間があれ丈(だけ)多く集って、大きなビルを建てて十年間何にも出来ぬ。しゃべることはこれ以上しゃべる所はない。やることは何にも出来ない。これが世界の行き詰まりの標本です。何が故に行き詰っておるか。平和実現の実行力に欠けて、徒(いたずら)に口頭の議論と屁理屈によって大事を解決せんとするものの行き詰まりである。有言不実行の標本である。日本の不言実行の尊い時代が来ますよ。それには日本人が自信を持ってしっかりしなければならない。