新入社員入社式に際して


店主直筆の書

(出典:「我が六十年間 第一巻」377~378頁)

諸君はこのたび夫々(それぞれ)の学校を卒業して社会への第一歩を踏み出すと同時に出光の入社式に来られたのであります。
本日の入社式は即ち諸君への社会へ踏み出した第一歩となっている理であります。茲(ここ)に諸君を祝って一つの訓示を與(あた)え度(た)いと思います。
出光は事業会社でありますが、組織や規則等に制約されて、人が働かされているたぐいの大会社とは違っているのであります。出光は創業以来『人間尊重』を社是としてお互いが練磨して来た道場であります。諸君は此(こ)の人間尊重という一つの道場に入ったのであります。
私は諸君が規則其の他の人間以外の制約にしばられて働くたぐいの大会社に入らずに一商社と見られる出光の様な修養の殿堂即ち『人間尊重』を社是とする人格練磨の修養道場に入られた事を心からお祝い致すのであります。
修養と言いますと禅寺や修道院で行われる様な修養の意味にとられ勝ちでありますが、私の言う修養はこのような社会から隔離された狭い場所でのみ使用されるような修養ではないのであります。
吾々(われわれ)は社会人として何千萬人いや何億人と言う多い人の中で生きて行かねばならないのであります。斯(か)く多勢の人の中で生きぬいて行く事はお互いに非常に苦難の多い事であります。そこで斯(かか)る社会に於(おい)ては人と人との間の摩擦やその他の煩(わずら)わしい事を避ける為に必ずや修養と言う様なものが必要であると思われるのであります。私の言う修養とは斯る意味のもので、人間の臭(にお)いを多分に含んだ普通人としての修養を意味するのであります。即ち人間離れした人になろうと言う修養ではなく人間そのものの修養であります。
この修養は諸君が考えて行く事に依(より)て出来て行くものであります。諸君に配布されている『四十年間を顧(かえりみ)る』をよく読んで欲しいと思います。私も如何にして修養して行くべきか日夜考えています。諸君もあの書中の一言一句をよく読んで頂き度いのであります。出光は斯る修養の道場、殿堂であります。

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