示唆の時代


昭和25年に竣工した神戸油槽所

(出典:「我が六十年間 第一巻」325~327頁)

先月述べたように終戦後の一転期五ヶ年は過ぎた。此(こ)の五ヶ年は我国には一転機を劃(かく)した程誠に意義のあるものであった。そして吾々(われわれ)国民は第二の転機に向って出立したのであるが、これに対する国民の心懸けはどうあるべきか、又責任を果すに足る用意は出来て居るか、検討して見たい。

一、第一に考ふべきことは、この度の転回が国民の信念と実力とによりて起ったものでなく、国際情勢による他力によって起ったものであることをシッカリと認識することである。
二、次に吾々の目標は民主的平和国家を樹立し先(ま)づ自己を完備し、其の団結したる国力を以て平和に貢献することである。陛下が我国の自存と東亜の安定とを庶幾(しょき)するにあり、と仰(おお)せられた通りである。
三、大事業であり、責任も誠に重大であるが、静かに顧みれば何でもない事である。それは我国固有の道徳に帰ることである。義理人情に生き、夫婦相和し、兄弟相助け、同胞相信じ、親に仕へ、国に盡(つく)すことである。この形を其のまま世界の檜(ひのき)舞台に進めることが世界平和に貢献することである。(中略)
四、個人として、社会人として、国民としての信念は堅固であるが、世界の誤解を永久に解くに国民の実力は十分であるが、この點(てん)は近き祖先と比較しても一抹の不安を感ぜざるを得ない。祖先の信念と努力に比しては非常に劣るものを認めざるを得ない。終戦後の五ヶ年を顧みて国民は五ヶ年を空費したとは言えない迄(まで)も、乱費した。最近の転回も朝鮮動乱と言う環境の支配と他力とによって起ったに過ぎないのであるから、来るべき一転期は吾々の信念と実力とによりて世界の誤解を解き、平和への貢献をなさねばならぬ。

出光人としては聊(いささ)か慰めるに足るものを感ずるのは御同慶に堪へない。此五ヶ年に、落伍者も出て、失敗もしたが、乱費はしなかった。信念に生き実力によりて出光の再建を完成した。而(しか)も国家的石油政策の確立に猛進した。此間業界の絶えざる迫害と戦い、世の誤解に悩んだが、五ヶ年の今日完成に万事は解消した。

光風霽月(こうふうせいげつ)である。来るべき五ヶ年は示唆の時代である。出光は石油配給業を目的とするに非(あら)ずして、人間の真に働く姿を実現して、社会国家に示唆を与ふるものなり、との信念は朗として諸君の前途を照すであろう、決して慢心してはならない、一層の緊張を望むのである。

ページトップへ遷移