遠き理想の実現のためには、近き現実に努力せねばならぬ


元売り指定当時の清水支店 1948年

(出典:「我が六十年間 第一巻」260~261頁)

最近の石油界の出来事としては、公団解消後の元会社として外油三社と日本商社五社が指定され、出光も七日其(その)指定に加はつたことである。石油の割当統制は飽(あ)く迄(まで)政府の手によりて強化され、配給の実務は民間の手によりて自由になされる、と云(い)う形が完成する訳である。出光としても此(この)線に沿って、創業以来の店是である所の「生産者より消費者へ」の合理的経営を、元会社と小売業者とを兼営することによりて、実行に移す機会を得、之が社会国家に与ふる示唆に対して第一歩を踏み出したこととなるのである。

一月GHQより石油配給公団解散の指令が出て、公団は三月末に解消することとなった。公団に代る元会社として、二月外油三社、日本側三社が指定せられた。次で出光と日本漁網とが候補に上ってきたので、新に波紋が起こって来た。石油協会は其総会に於(おい)て出光、日網に対し反対の決議をなし、政府及びGHQに対し猛烈に反対の陳情をなし、あらゆる手段を以てシツコク反対は続けられた。私は例により行者の受難として之(これ)を甘受し、成行を傍観した。しかしながら政府は理由なき反対として之を斥け、出光は最後の元会社として指定された。波紋は更に起った。創業以来最も関係深き日本石油会社は、出光が元会社として指定されたるに鑑(かんが)みて従来の関係を絶つとの事である。世界の石油王スタンダード会社は、元会社としての出光を祝福し、其前途を激動したことは一大感激であった。

私は冷静であった。そして出光の使命の重大なるを感じ、其前途に新たなる難路は加はつたことを自覚した。即ち

之は石油配給の一些事(いちさじ)にあらずして、真に人間の働く姿を実現して 国家社会に示唆を与ふるものである。

との年来の信念を、吾々(われわれ)は初めて日本国内に於て実現する基礎を得たからである。真に人間の働く姿こそ、敗戦日本に最も望ましいものである。出光の人はよく働くと世間からは賞揚され、出光の人は働きすぎるとて石油業界からは非難された。公平なる社会の批判と、利己的非難とは、判然と區別して、吾々は眼前の批判に迷ってはならぬ。国家社会を目標として、高き、遠き理想を持たねばならぬ。そして高き、遠き理想の実現のためには、低き、近き現実に努力せねばならぬ。今日(こんにち)の仕事はそれである。

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