(出典:「我が六十年間 第一巻」164~165頁)
(若い人でも容易に一店を預ける)
出光が日本、台湾、朝鮮、満州、中国の大地域に於ける六十数ヶ所の店舗を二百人未満の店員を以て経営して居た事は一般の想像も付かない小人数であって、之(こ)れ全く一店一、二人の店が多数にあったからである。二十一、二歳の青年が容易に一店を任されて自由に働く。
(大店長も小出張所主任に変り得る)
二、三人の勤務でよい程度の小出張所が設けられる場合でも、其(そ)の仕事が重要且(か)つ困難であって手腕ある人を要する場合には、大店長も喜んで小出張所主任に甘んじる。 支店長とか次席とか課長とか無官の太夫(たいふ)とか形式的名前など一向に頓着(とんちゃく)せぬ事になって居る。 其の時々の仕事の重要さによって仕事そのものを楽しむ事となって居る。全く人間尊重より来る能率的真に働く姿である。 斯(か)くて仕事は実質的にテキパキと進められ片付られて行く。
出光の人はよく働くと言われる。到底他店の追随し能(あた)はざる放れ業である。吾々(われわれ)は斯くて尊重されつつ。
(社会・国家の為に働き抜かねばならぬ)
我々は生れながらにして、社会国家の限りなき恩恵を受けて居る。社会の恩に対して酬(むく)いねばならぬ。 働き抜かねばならぬ。吾々が皇室及び国体より受ける国恩は日本独特のものであって、日本人特有の義務である。此の社会国家の恩恵を感ぜざる者は我儘(わがまま)者である。我儘は国体生活には禁物である。社会の平和を乱し根底を破壊する。故に先(ま)ず社会の恩恵に対して謝恩の念を有すべきである。
此れから犠牲的精神が出る。犠牲は更に謙譲の徳となる。生まれながらにして人としての権利を有し義務を負うと言う事も、又犠牲謙譲の徳を尊ぶ事も齊(ひと)しく社会運行の減摩剤である。相克摩擦を緩和するのが目的である。 唯(ただ)権利義務思想の尖鋭闘争的なるに比し、犠牲謙譲の円満平和的なるを歪む事は出来ない。 権利義務の思想に諦めざる所以(ゆえん)である。我が日本が三千年の国体を持続したるのも全く此(こ)の円満平和的なる思想の賜である。
此の歩みは飽(あ)く迄(まで)も堅持して世界平和の基調たらしめ全人類の為に貢献せねばならぬ。此んな考え方で来たのであるから。