Idemitsu Art Award 2025 グランプリ受賞者インタビュー

 

ただ自分のために描き続ける
—「Idemitsu Art Award 2025」グランプリ 遠藤 良

Idemitsu Art Award 2025グランプリ 遠藤良

出光興産が主催する、40歳以下の作家を対象とする公募制の美術賞「Idemitsu Art Award」(旧シェル美術賞)。平面作品の可能性を開く若い世代の創造と挑戦、成長のエネルギーを支援している。

今年度の審査員は、大浦周さん(埼玉県立近代美術館主任学芸員)、鈴木俊晴さん(豊田市美術館学芸員)、竹崎瑞季さん(丸亀市猪熊弦一郎現代美術館キュレーター)、中村史子さん(大阪中之島美術館主任学芸員)、吉田晋之介さん(作家、シェル美術賞2009準グランプリ受賞)の5名。

54回目となる今回は、734名の作家による933点の応募の中からグランプリに遠藤良さんが選ばれ、賞金300万円が贈られた。遠藤さんは1997年静岡県生まれ、東京都在住。美術大学など専門的な教育機関で美術を学んだことはなく、独学で絵画を描くなかで公募展に初挑戦し、見事にグランプリに輝いた。

グランプリを含む8点の受賞作品と46点の入選作品を展示する「Idemitsu Art Award展2025」を前に、遠藤さんに受賞作やこれまでの制作活動についてお話をうかがった。

公募展に挑戦し、制作の「エンジン」に

─ 「Idemitsu Art Award 2025」グランプリ受賞おめでとうございます。受賞の連絡を受けた時はどんな気持ちでしたか?

連絡を受けた時は緊張しました。もちろんとても嬉しかったのですが、僕より妻や母の方が喜んでいるんじゃないかと思います。

遠藤良

遠藤 良 1997年静岡県生まれ。2020年に駒澤大学商学科を卒業後、青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科に入学、2022年に修了。学生時代は会計士の道を志していたが、大学院卒業後は幼少期から描き続けてきた絵の道へ

─ ご家族にも喜んでいただけてよかったですね。「Idemitsu Art Award」にはこれまでも応募していたのでしょうか?

いえ、Idemitsu Art Awardにも、それ以外の公募展にも挑戦したことがありませんでした。来春から故郷の静岡に拠点を移すので、東京にいるうちにいままでやっていなかったことをやってみようという心意気で初めて応募しました。
東京ではやはり人との繋がりや情報、美術館やギャラリーも多々あるので、描いた絵をインスタグラムで発信することで、展覧会や雑誌掲載などに声をかけていただくようになったんです。どこにいても制作はできると思いますが、いま公募展でグランプリを獲ることができれば、さらに自分のエンジンになるんじゃないかと思いました。

─ 数ある公募展の中から「Idemitsu Art Award」を選んだ理由をお聞かせください。

僕の好きな美術館に所属されている学芸員の方々が審査員でしたので、ぜひ作品を見ていただきたいと思ったからです。また、シェル美術賞の頃から受賞作品の中に好きな作品があり、自分の制作と共通するようなところもあったので、ここで評価されることに意味があると思いました。

遠藤良「結婚」

遠藤良「結婚」2025年 116×116cm アクリル絵具、色鉛筆、水、キャンバス

作品制作は「普段通り」を意識

─ 応募に向けてどのような準備をしましたか?

まずは大きい作品に挑戦しようと決めました。普段はもう少し小さいキャンバスでアクリル画を描いたり、梱包紙やわら半紙など気に入った紙を貯めておいてドローイング※1を描いたりしています。以前は名刺大やハガキ大の紙に描いていたこともありました。
大きいサイズは久しぶりで、一枚だけに集中すると変に硬い絵になりそうだったので、応募する作品を2枚同時並行で制作することで力まないようにしていました。なおかつ大きいサイズになった途端に描き方が変わるのも不自然に感じたので、普段通りに絵の具を意識しすぎず、鉛筆ぐらいの感覚で大きい作品を描いてみようと考えました。

─ 技法・表現方法で工夫したことを含め、どのように作品を描き進めたのでしょうか?

今回、キャプションの「素材」の欄に、「アクリル、キャンバス」のほかに「水」と書いてみました(笑)。色を重ねて塗った後に、キャンバスを寝かせて水を垂らしたり、立てかけて上から垂らしたり。薄い色から描き始めて、ぼかし加減で色調が変わっていきます。天と地、上と下があまり判別できないように向きを変えながら描き、満足のいく背景ができたら、ずっとキャンバス全体を見るんです。

水を垂らしていることがよくわかる部分

水を垂らしていることがよくわかる部分

先に何を描こうというイメージはなく、画面を観察しながら発想するものを描いていきます。この作品では最初にドクロ、骸骨のイメージが浮かんできて、そこから連想するようにポン、ポンと別のイメージが生まれてきました。ねらって描けるわけではないので流れに任せるように制作していき、搬入日の朝に、やはり身体を描いた方がいいなと思って線を描き入れました。

─ 描く前にテーマやプランがあるわけではないんですね?

そうですね。誰かのためや社会的・政治的なテーマもなく、ただ自分を満足させるために描いています。優しい絵だねと言われることもあるのですが、自分の中の暴力性や冷たい部分、毒みたいなものも出ています。

ドクロ

─ では、作品タイトルの「結婚」も最初から考えていたわけではなく、作品ができた後に付けたのですか?

そうです。6月に結婚したばかりだったので、新婚なのにドクロ描いてすごいね、と言った友人もいるんですけど、そんな皮肉ではなくて(笑)。
音の響きや、宗教画や精神性のある絵画が好きなことから、最初は「HEAVEN」というタイトルを考えていました。ですが、ふわっとしていて地に足がついていないなと思い、さらに「結婚」という言葉が思い浮かんで、しっくりきたので付けました。
独身の時は絵を描くことに没頭していましたが、結婚後は絵を描く時間だけでなく、家族との時間も増えて、僕にとっては「生活」を取り戻しているような感覚があります。 あるいは生活の中でも画面のことは頭の隅でずっと考えているんですが、生活の中で感じることや生まれてくるものが絵にいい刺激を与えてくれます。

子どもの頃から生活の中で描いてきた

─ 絵はいつ頃から描き始めたのですか?

地元の静岡で、小学校低学年の頃にアトリエ教室に通っていました。技法を教わるのではなく、拾った落ち葉に絵を描いたり、段ボール箱で自分の世界をつくるような工作があったり、つくりたいものをつくる場所でした。わからないことがあったらアドバイスをもらうぐらい。
コラージュ※2も制作していたので、いまの、モチーフをポンポンと配置するような描き方につながっているかもしれません。絵を描くことが自分にとって特別なことだと感じたのはその頃です。

─ そこからアーティストになりたいと思うようになったのはいつ頃ですか?

地方にいたので、美術を仕事にしている人は選ばれし者のように思っていたし、僕自身は仕事にならなくても生活の中で絵は描けるので、作品が世の中に出なくてもいいと思っていた時期もありました。それで税理士事務所の家業を継ぐために大学院まで行ったのですが、修了する前年に知人に背中を押されて、会計士の道に進まずに作家になろうと決意しました。

遠藤良「結婚」

─ 作品を発表したことはありますか?

2022年に インスタグラム で絵を発表し始めて、作家として欲が出てきた頃に茨城県つくば市の「千年一日珈琲焙煎所」というカフェギャラリーにお声がけいただき、展示と販売をおこないました。
1枚売れたらすごいと思っていたのですが、びっくりするぐらい売れたんですよ。それまではやりたい仕事がないという気持ちを抱えながら生きていたこともあり、作品を良いと思って購入してくださる方がいたことがありがたかったですし、自分で稼いだお金なんだという手応えもあり、もっとしっかり作家活動をしていこうと気合が入りました。

─ それは励みになりますね。インスタグラムはどのように始めたのですか?

絵は独学で、つてもなくアピールも苦手ですが、何か発信しないといけないなと思って始めました。
展示も発信方法のひとつですが、自分でお金を払って場所を借りることはせずに、求められた時に自分が納得できる場所でするようにしています。
また、作品集も2冊、自主出版しています。鳥と魚を毎日描いてまとめた『TORITOSAKANA』 と、2年間「Barisan」という架空の人物の絵日記として描いた『Works by RyoEndo 26th November, 2022 to 25th March, 2024』。後者は600枚ほど毎日描いた中から350ページくらいにまとめました。

『TORITOSAKANA』

『TORITOSAKANA』52ページ、2024年、自費出版

『Works by RyoEndo 26th November, 2022 to 25th March, 2024』

『Works by RyoEndo 26th November, 2022 to 25th March, 2024』344ページ、2025年、自費出版、ブックデザイン:米山菜津子、撮影:有本怜生

絵日記は日を追うごとに描き方に変化がみられる

絵日記は日を追うごとに描き方に変化がみられる

─ 受賞作とはまた作風が違っていて、こちらも良いですね。

ありがとうございます。フォントが好きなので、架空の絵日記は英語と絵を一つの絵に組み合わせて、言いたいことを主人公に言わせています(笑)。受賞作もそうですが、 自分が素直に描いているものは一貫してユーモアを大事にしています。ブラックジョークみたいな、シリアスにならずちょっとふざける感覚は昔から変わってないですね。

美しいだけじゃない、暴力性や不可抗力などもひっくるめた世界を描きたい

─ 受賞コメントに「作品一つひとつに明確に伝えたいことがあるというよりは、僕の描くものすべてに一貫したメッセージがある」と書かれていました。どんなメッセージなのか、その中で受賞作はどのような関連があるのか教えていただけますか?

「メッセージ」と書いてしまってちょっと後悔しています(笑)。例えば、大雨の翌日の川が濁流だったとして、遠くから眺める分には綺麗なんですけど、実際そこに人間が足を踏み入れたら生存できない、人間にとってはかなわない存在としての自然がある。

遠藤良「結婚」

綺麗な部分だけを描くんじゃなくて、そういうかなわない部分や不可抗力、暴力的な部分なども一枚の画面に共存しているように描きたいという思いがあります。(グランプリ受賞作「結婚」にも描いた)噴火する火山は、人間にとっては災害をもたらすものでも自然界にとってはエネルギーでもある、そういう良い面も悪い面もあって世界は美しいし楽しいと思えるのではないかと。
僕が鑑賞者としていいなと思う絵は、意識して見なくても、自分の深いところの感覚に一瞬で入ってくるような絵です。そんな作品が描けたらいいなと思っています。

─ 「Idemitsu Art Award展2025」で作品が展示されます。来場者に特に見てほしいところはありますか?

絵を見る距離を変えるとまた見えてくるものも違うと思いますので、近づいたり離れたりしながら見ていただければ嬉しいです。絵を描いたら、その作品は自分から離れていきますので、見る方それぞれの受け取り方で楽しんでいただければと思います。絵を前に、僕も鑑賞者になって一緒に考えるような感覚です。

遠藤良「結婚」

─ 今後、挑戦してみたいことはありますか?

ホワイトキューブのギャラリーで自分の作品はどう見えるのか、展示してみたいです。

─ 来年の「Idemitsu Art Award」への応募を考えている人にメッセージをお願いします。

こういった公募展には美術大学でアカデミックに学んでいる方からの応募が多いとは思うのですが、僕のように専門的な美術教育を受けてない人にも、ぜひ気後れせず挑戦してほしいです。

─ 「Idemitsu Art Award」としても裾野が広がることでさらに多様性や活気が生まれそうですね。遠藤さんのご活躍も期待しています。本日はありがとうございました。

初出:コンテスト情報サイト「登竜門」
文:白坂由里 写真:石垣星児 編集:萩原あとり(JDN)

※1 ドローイング(drawing):
線や筆致などを主な手段として、形や構成を表す制作行為。鉛筆、ペン、炭、インクなどの素材を用いた手描きによる表現を指すことが多い。
※2 コラージュ(collage):
紙片、写真、布、印刷物など、異なる素材を切り貼りして一つの画面を構成する技法。既存のイメージや物質を再構成することで新たな意味や視覚効果を生み出す表現方法。