企画展「Idemitsu Art Award アーティスト・セレクション 2023」
「Idemitsu Art Award アーティスト・セレクション2023」は、Idemitsu Art
Awardの受賞・入選後も作家を継続的に支援することを目的とした企画展です。
本賞の審査員により選出した若手作家4名の新作・近作を12月に開催する「Idemitsu
Art Award 展
2023」の展示会場内に展示します。12回目となる今回は、黒坂祐氏、橋本晶子氏、松岡柚歩氏、山中春海氏の4名を選出しました。
※「Idemitsu Art Award」は、2022年4月に「シェル美術賞」から改称しました。
桝田倫広審査員推薦作家・黒坂祐(Yu Kurosaka)
経歴
1991年
|
千葉県生まれ
|
2019年
|
東京藝術大学美術研究科油画専攻第3研究室修了
|
展覧会
2019年
|
「荒れ地のアレロパシー」(三越コンテンポラリーギャラリー、東京都)
|
2021年
|
「yangyoung okazaki Vol.1」(MtK Contemporary Art、京都府)
|
2022年
|
「project N 87 黒坂祐」(東京オペラシティアートギャラリー、東京都)
|
2023年
|
「眺めと見分け」(KATSUYA SUSUKI GALLERY、東京都)
|
2023年
|
「15万年」(Feb gallery Tokyo、東京都)
|
受賞等
参考作品「岩/波」
2色覚者、いわゆる「色弱」として、あたりまえとなっているものの捉え方を疑い、「色弱の絵画」をいちからつくりあげています。
近年は「見る」という行為を「眺め」と「見分け」のふたつに分類し、新しい世界の捉え方を探求しています。
私たちはみな同じ色を見ていると思いがちだが、色に対する知覚と色の概念には個人差があり、隣人がどのように認識しているかは本当のところわからない。たとえば地平線の青空と雲が溶け合ったような領域を、人によっては水色、灰色、白色などと言うだろう。
黒坂祐は自身の色覚特性を公表している画家で、端的に言えば赤と緑を区別しづらいそうだ。だからといって、彼は自分が見える世界の風景を見たまま描いているわけではない。知覚しづらい色も概念としては理解できるから、多くの人が一応共有している色のルールを自身の制作に適用することもできる。近頃、彼は自身の個性を活かし、あえて自分が識別できない異なる色をパレット上で混ぜ、その色の幅で描くことを制作過程の一部に採用している。作品の色合いは既存の体系とたまたま沿うこともあるだろうし、全く異なることもあるだろうが、それはものの固有色でもないし、作家の印象でも内的感情の発露(表現)でもない。このように黒坂は色を既存の役割から解放し、まだ見ぬ色の潜在力を見つけ出そうと試みている。
鷲田めるろ審査員推薦作家・橋本晶子(Akiko Hashimoto)
経歴
1988年
|
出生
|
2015年
|
武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻日本画コース修了
|
展覧会
2018年
|
個展「Yesterday’s Story」(Cité internationale des arts、パリ)
|
2020年
|
個展「Ask him」(資生堂ギャラリー、東京都)
|
2021年
|
個展「I saw it, it was yours.」(ギャラリー小柳、東京都)
|
2022年
|
「Other Rooms」(ワンルーム、東京都)
|
2022年
|
個展「影を誘う」(国際芸術センター青森、青森県)
|
受賞等
2014年
|
シェル美術賞2014審査員賞
|
2017年
|
ART IN THE OFFICE 2017
|
2020年
|
第14回Shiseido art egg 大賞
|
参考作品「I saw it, it was yours.」(2021)のインスタレーション風景
技法:鉛筆、アルシュ紙、マスキングテープ、
ギャラリー
サイズ可変
©Akiko Hashimoto,
Courtesy of Gallery Koyanagi
Photo:Watsonstudio
主に「絵のある風景」を作っています。
それは、今この場と、絵描かれた画面の中の遠い場所とが触れ合う瞬間であり、
さらに言えば空間全体を、離れた2つの地を巡る1つの旅程へと変貌させる試みでもあります。
絵画が見せる「永遠に届かない地」、思い描く「遠く」の尺度や、今ここからの道のりについて考えながら、今回の現場でもそのささやかな触れ合いの瞬間を捉えてお見せする予定です。
2022年、青森公立大学国際芸術センター青森で、橋本の個展「影を誘う」を見た。画面の奥へと木々の間を伸びてゆく道の風景を鉛筆で描きこむ細密画風のドローイング《To
the Forest》のほか、余白を生かしたドローイング《In the
Forest》もあった。シルエットで示された葉の影は、色の濃い手前の層と、色の薄い奥の層があり、重層的な空間が画面内に示されていた。この重層性は、《To
the
Forest》でも、鉛筆で描かれた額縁や、折り曲げられた基底材の紙というかたちで現れている。資生堂ギャラリーでの個展(2020年)でも、その特徴は顕著に見られ、絵の前に吊るされた電球の影が、展示室のコーナーに合わせて折り曲げて展示された絵にかかり、描かれた影と現実の影が重なる。画面の中に導き没入させる細密さと、身体を巻き込む空間性の両立が橋本の魅力である。
木村絵理子審査員推薦作家・松岡柚歩(Yuzuho Matsuoka)
経歴
1996年
|
兵庫県生まれ
|
2021年
|
京都芸術大学大学院修士課程芸術研究科美術工芸領域油画専攻修了
|
展覧会
2021年
|
ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2021(丸ビルマルキューブ、東京都)
|
2022年
|
ARTISTS’ FAIR KYOTO 2022(京都府京都文化博物館、京都府)
|
2022年
|
個展「outline」(WATOWA GALLERY/elephant studio、東京都)
|
2023年
|
Kyoto Art for Tomorrow 2023
京都府新鋭選抜展(京都府京都文化博物館、京都府)
|
2023年
|
個展「針の穴から天を覗く」(FOAM CONTEMPORARY、東京都)
|
2023年
|
個展「冗長な月」(CANDYBAR GALLERY、京都府)
|
2023年
|
個展「天が崩れる」(ART OSAKA 2023 EXPANDED / CANDYBAR
GALLERY、大阪府)
|
受賞等
2019年
|
2018年度京都造形芸術大学卒業作品展 優秀賞
|
2020年
|
シェル美術賞2020 学生特別賞
|
2021年
|
ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI 2021 Proactive賞
|
参考作品「outline(check#146)」
技法:アクリル絵の具、パネル
116.7 x 116.7cm
photo: Mitsuru Wakabayashi
図柄や彩度と明度の高さから一見ポップなイメージを持つ作品は、重なりが作り出すレイヤーによって立体作品のような印象を持ちつつも、平面作品として鑑賞、展示するという曖昧な境界を意識しながら制作している。
正方形のキャンバスにアクリル絵具で格子柄を描き、その上から抽象的な形状をした色面を部分的に盛り付けることで、線の集積から生まれるパースペクティブに重なる特異なマチエールは私たちの視触覚を刺激する。
フラットな光の面に囚われる現代において、視覚と認知を往来することで、人間が絵画や物体を創造することについて再考する。
松岡柚歩の作品は、まるでテーブルの上に散りばめた色紙の破片のように、物質感のある画面が特徴的だ。ただしそれは紙の重なり合いとは違う、透明感のある光と色の重なり合いであり、その色と色の組み合わせは、例えばオレンジと青、あるいは赤と緑といった補色(反対色)の関係にある。一見自由で即興的につくられた色と形のようにも見えるが、実際には色の輝きが引き立つような配置と、進出色と後退色のバランスとが考えられた構築的な絵画である。20世紀の初頭に出発した抽象絵画が、音楽との関係の中で語られるように、松岡の作品もまた、初期の抽象絵画を彷彿とさせる、リズムと旋律を感じさせる色と形が奏でるポリフォニーのような魅力を放っている。
正路佐知子審査員推薦作家・山中春海(Harumi Yamanaka)
経歴
1991年
|
神奈川県生まれ
|
2018年
|
多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻 卒業
|
展覧会
2019年
|
「群馬青年ビエンナーレ2019」(群馬県立近代美術館、群馬県)
|
2021年
|
「歪んだレコードをかける」(new space PA、東京都)
|
2022年
|
「Play Double」(heimlichkeit Nikai、東京都)
|
2022年
|
「大田区オープンアトリエ Inner Landscape展」(heimlichkeit Nikai
、東京都)
|
2022年
|
「4声のインヴェンション」(Helz art labo、東京都)
|
受賞等
2017年
|
シェル美術賞2017入選
|
2017年
|
神奈川県美術賞 写真部門 奨励賞 受賞
|
2019年
|
「池袋アートギャザリング2019」TALION gallery賞 受賞
|
参考作品「彼らは賛美の歌をうたった」
技法:映像作品
3,840 x 2,160 4K UHD
現代社会における、アイデンティティのあり方に対する葛藤への問題意識を出発点に、映像や写真メディアを用い、作品を発表している。フォトグラムを用いた出品作品
「yonomori」
は、原発事故により帰還困難区域となった福島県の夜ノ森を舞台とした映像作品の関連作である。映像内では演者が当時通っていた小学校や離ればなれになってしまった友人、除染作業により伐採されたツツジ、これらの記憶をドキュフィクション形式で物語る。自身のアイデンティティの起源を追う演者の期待とは裏腹に、住民の避難と共に撤去されてしまった小学校は放置され、森と化していた。人智を越えた自然が演者に断絶を提示し一夜の夢のように去っていく。本作では、演者の失われた故郷を虚構で語ることにより現実を超え、異なる時間や場所、記憶をシームレスに繋げ描く。
「シェル美術賞/Idemitsu Art
Award」は平面作品を対象とする公募展であるが、絵画出身の作家がその後平面以外のメディアの制作へと移行し、活動を展開させるのは何も不思議なことではないだろう。山中春海もその一人で、近年映像作品を中心に制作・発表している。私が2022年6月に見た展覧会では、現代日本社会における歪みの影響を直に受けながら生活する演者の「声」を引き出した映像作品をメインに、眩い光差す窓辺の植物を描いた絵画群も展示されていた。一見同じ作家のものとは思えない異なるスタイルのそれらは、窓や光といった共通項でゆるやかに連関し、大きな問いに向かい、交わっていた。ある「シーン」を制作の契機としながらも取材と調査を重ね構成し、多層的に観る者の前に開かれる作品のあり方に興味を惹かれた。
今回の展示に向けて、山中は映像と平面作品を並行して制作しているという。昨年から継続する人物(演者)への取材から見えてきた風景を起点に、異なる時空間、記憶の中のイメージと現実を作品のなかでどのように接続させるのか楽しみだ。