企画展「Idemitsu Art Award アーティスト・セレクション 2022」

「Idemitsu Art Award アーティスト・セレクション2022」は、旧シェル美術賞の受賞・入選後も作家を継続的に支援することを目的とした企画展です。
本賞の審査員により選出した若手作家4名の新作・近作を12月に開催する「Idemitsu Art Award 展2022」の展示会場内に展示します。11回目となる今回は、倉敷安耶氏、中尾美園氏、永井里枝氏、福田絵理氏の4名を選出しました。

※「Idemitsu Art Award」は、2022年4月に「シェル美術賞」から改称しました。

木村絵理子審査員推薦作家・倉敷 安耶(Aya Kurashiki)

倉敷 安耶

撮影:新津保建秀

経歴

1993年 兵庫県生まれ、現在は京都と東京を拠点に活動
2018年 京都造形芸術大学大学院修了
2020年 東京藝術大学大学院修了
佐藤国際文化育英財団第26期生。クマ財団3期生。

展覧会

2021年 個展「そこに詩はない。それは詩ではない。」(myheirloom、東京)
2022年 グループ展「(((((,」(駒込倉庫、東京)
2022年 「Artists' Fair Kyoto2022」(京都新聞社、京都)
2022年 個展「浅はかなリ、リアルの中でしぜんにかえる。」(和田画廊、東京)

受賞等

2020年 シェル美術賞2020 入選
2021年 WATOWA ART AWARD グランプリ

展示予定作品「Transition #Ophelia」

Transition #Ophelia

技法:ミクストメディア
260×500cm

作品・制作について

倉敷は一貫して自身が肉体という物質の壁、またはそこに付属するカテゴライズによって、人間が絶対に断絶された孤独な存在である中での、他者との距離について考えてきた。作中では転写技法を用いた平面作品を中心にパフォーマンス、インスタレーションなど複数のメディアを取り扱い、他者との密接なコミュニケーションや共存の模索、あるいは融合などを試みる。例えば我々が別々の身体を持つが故に生まれる分断に対し、我々の溝を少しでも均し、現実世界での共生を図るための制作。あるいはその究極体として、身体から解放され、個々の存在は個々として存在しつつも全体と折り混ざり、一体化していく涅槃を目指す行為としての制作。または孤独への対応策として、鑑賞者と自身の間に何らかの形で作品を挟むことによって、一時的な近しい(と仮定した)関係性を紡ぐ行為など。

木村審査員 推薦コメント

倉敷安耶の作品には、パフォーマンス的な要素を含むものや立体的な構造物によって成立するものなど、さまざまなタイプがある。その中でも《Transition #Ophelia》と《Transition #Salome》は、美術史上の絵画に、現代日本の別の既成のイメージを合成し、転写することで、ややざらついた印象の作品へと仕上げる平面的な作品である。
シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物である「オフィーリア」、そして新約聖書に登場する「サロメ」。ともに自らの意志を通そうとするあまりに、狂気にとらわれた女性として、戯曲や絵画などに描かれてきた存在である。倉敷はここに男性中心の古い社会の中で、犠牲になってきた女性の姿を認める。そして現代社会におけるヘテロセクシュアルな男性の都合によって生まれた女性のイメージとして、アダルトビデオに登場する女性たちの身体を重ね合わせるのである。絵画の歴史に対する批評的アプローチであるとともに、自身もまた女性として同じ歴史を反復する立場にいるのではないかと自らを省みようとする態度表明としての作品としても見えてくる。

角奈緒子審査員推薦作家・中尾 美園(Mien Nakao)

中尾 美園

経歴

1980年 大阪府生まれ
2006年 京都市立芸術大学大学院美術研究科保存修復専攻修了

展覧会

2016年 アッセンブリッジ・ナゴヤ2016 現代美術展「パノラマ庭園─動的生態系にしるす─」(ボタンギャラリー、愛知)
2018年 「うつす、うつる、」(Gallery PARC、京都)
2019年 「SEIAN ARTS ATTENTION 12 Roots Routes Travelers」(成安造形大学、滋賀)
2021年 「ボイスオーバー 回って遊ぶ声」(滋賀県立美術館、滋賀)
2022年 「ある家の図譜」(なら歴史芸術文化村、奈良)

展示予定作品「紅白のハギレ」

紅白のハギレ

技法:墨、岩絵具、和紙、掛軸装
対幅 各268 × 96.2㎝

作品・制作について

出品作は、ある一軒の家から解体される前に取り出した国旗と、断片化した家を描いたものである。《紅白のハギレ》は対幅で、一方はそのままの様子を原寸大で描いたもの、もう片方はこの国旗に起こりうるかもしれない変化のバリエーションを描いている。
《ある家の図譜》は、家の断片を採取し、それぞれの断片に整理番号を振り、各部屋の配置ごとに分けて描いている。
モノや環境に将来起こりうる「うつろい」を想像し、個人と社会、過去・現在・未来の時間を行き来しながら制作している。

角審査員 推薦コメント

大学院で保存修復学を修め、古典絵画模写の技術をもつ中尾美園さんの作品は、伝統的な日本画の描法で表された絵巻物や掛け軸などのかたちで発表されることが多い。描く対象として彼女が関心を寄せるのは、消滅したものや、消えゆくものであるという。それらは丁寧に観察され、紙の上に写し取られる。いわゆる「リサーチ」を経て生まれる個々の作品は、たいへん静やかに、あるいはおしとやかに、展示台の上やケースの中に納まっているように見える。がしかしさにあらず、そこに描かれしものたちは、ときにざわめきすら覚えるほど、紙の上で踊り出さんばかりにいきいきと見え、とてもアツいのだ。あらゆるものをスマホで撮影し、記録として気軽に残せるようになった今、彼女はまだなお、モノの状態を丹念に手描きで模写する。とはいえ、完璧に写し取った時点で完了するのではない。さらにそこから、自分の作品としての表現が展開し、過不足ないインスタレーションへと結実する。今回、中尾はなにに生命を再び吹き込もうとしているのか、楽しみだ。

鷲田めるろ審査員推薦作家・永井 里枝(Rie Nagai)

永井 里枝

経歴

1990年 群馬県生まれ
2012年 東北芸術工科大学芸術学部美術科日本画コース 卒業
2014年 東北芸術工科大学大学院修士課程日本画領域 修了

展覧会

2015年 「The rising generation13 永井里枝 柳澤裕貴」(渋川市美術館、群馬)
2016年 「シェル美術賞展2016」(国立新美術館、東京)
2017年 個展「Area」(画廊翠巒、群馬)
2020年 個展「Night」(Künstlerhaus Bethanien、ベルリン)
2021年 個展「Nacht」(画廊翠巒、群馬)
2022年 「4 + 3 = 1」(SAVVY Contemporary、ベルリン)
2022年 個展(画廊翠巒、群馬

受賞等

2016年 シェル美術賞展2016 入選
2019年 ポーラ美術振興財団 平成31年度若手芸術家の在外研修員としてドイツ研修

展示予定作品「Night (52°30‘39.9“N, 13°26’34.5”E, c.2X20)」

Night (52°30‘39.9“N, 13°26’34.5”E, c.2X20)

技法:ピグメント、紙
265 x 665cm

作品・制作について

「心は何処にあるか」という問いを出発点に、その答えを「場所」との関わりの中で探り、そこに生きる人々の心の震えを表すことを試みています。私の目には、場所やコミュニティは目に見えないルールや規範を持っていて、そこにいる人たちの考えを引っ張る強い力を持っているように見えます。それを色彩と動きで解釈します。鮮烈な色彩と情動の蠢きが、鑑賞者に場所の力と観た人自身の心の動きを読み解いて頂くことを望んでいます。

鷲田審査員 推薦コメント

初めて永井里枝の作品を目にした時、一見、美大の学生が描きそうな日本画に見えた。伝統的な花鳥風月ではなく、ガードレールのある道路や自動車、ガラスの瓶など現代的な身の回りのモチーフを描くことで「日本画」というジャンルを更新しようと試みながらも、丁寧に描かれた風景や静物の具象性はその枠を壊すことなく、様式化してしまっているような絵画。だが、箔を使った銀色と多用される顔料の赤とが、大きな画面のなかで絡み合う様子を眺めているうちに、それだけでは済まされない魅力が永井の作品にはあるように感じられてきた。それは描かれる空間の広がりによるもののようにも思われたし、多くの人たちが集い、行き交うはずの場所に人物がいない空虚感によるもののようにも思われた。2016年にシェル美術賞に入選した後、2019年にベルリンで滞在制作している。ベルリンでの経験が作品にどのような影響を与えたか、期待を込めて推薦した。

桝田倫広審査員推薦作家・福田 絵理(Eri Fukuda)

福田 絵理

経歴

1988年 東京都生まれ
2013年 武蔵野美術大学造形学部油画学科油絵専攻卒業
2015年 武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース修了

展覧会

個展

2018年 「その世界に触れたとき、それゆえ、」(TOKAS本郷、東京)

グループ展

2017年 「群馬青年ビエンナーレ2017」(群馬県立近代美術館、群馬)
「BankART LifeV 観光」(BankART Studio NYK、神奈川)
2019年 「シェル美術賞2019」(国立新美術館、東京)
「3331ART FAIR 2019」(3331 Arts Chiyoda、東京)
2020年 「石は潜り、木の葉は泳ぐ」(gFAL 武蔵野美術大学、東京)
2021年 「部屋、森」(ビエントアーツギャラリー、群馬)
2022年 「絵になる風景」(ボーダレス・アートミュージアムNO-MA、滋賀)

受賞等

2015年 武蔵野美術大学卒業・修了制作展2015研究室賞 武蔵野美術大学
2017年 第32回ホルベインスカラシップ ホルベイン

参考作品「部屋とひとがた、その他のなにか The room and the puppet, something else 2021-2022」

部屋とひとがた、その他のなにか The room and the puppet, something else 2021-2022

技法:油彩、岩絵具、キャンバス
130.7 x 194.4cm

作品・制作について

暴力や差別、裏切り、いじめ。社会は折に触れて生き辛い環境となります。私は安寧の地を求め、現実ではない見えない世界を作り初めました。
今、山奥で生活しています。真っ暗な森の中で、見えないはずなのに何かの気配を強く感じる事があります。世界は視覚で捉えられる事が全てではありません。人の心や精神、蒸気や空気、神様の様な存在。見えないものを見ようと試みる事、それらを見える、感じられる形にする事は、人がこの世界をより強く認識し、より深く生きる一つの方法と考えます。

桝田審査員 推薦コメント

誤解を恐れずに言えば、芸術表現には現実と関わらない自由があっても良いのではないかと時折、思うことがある。現実がかくも苛烈であればこそ、慰めや気晴らしなどではない、想像上のアジール(避難所)としての表現の可能性について考えたくなる。福田さんの描く絵画空間には、そのような片鱗が感じられる。大抵の場合、グレイの空間のなかに孤立した何らかのモチーフが描かれている。空間とモチーフとの境界はあいまいだが、不分明なのではなく、丹念に重ねられた筆跡によって、流れる空気のざわめきやモチーフの微細な震えといった、目に見えない要素が描き出される。それは漠然とした心の不安を見つめ、かたちにし、克服していく過程であるかのようだ。空間は閉じていない。ほとんどの場合、窓や穴、そして外から射しこむかのような光の束が描かれており、外部の世界が示唆されている。モチーフはやがて外に出ていくのかもしれない。そして別のモチーフが絵画空間にやってくる。ひとまずはその繰り返しなのだろう。