Idemitsu Art Award2022 グランプリ受賞者インタビュー

生活の中で意図せずに生まれる「線」や「面」を描きたい
Idemitsu Art Award 2022グランプリ 竹下麻衣

2022グランプリ 竹下麻衣

40歳以下の若手作家による平面作品を対象とした出光興産主催の公募展「シェル美術賞」が、2022年度から「Idemitsu Art Award」に改称して開催された。1956年に創設された歴史あるシェル美術賞のアイデンティティを受け継ぎながら、「若き才能が放つエネルギーを、社会のエネルギーへ」として若手作家の支援を継続していく。
51回目となる今年は、昨年から応募数が大幅に増加し、650名による860点の作品の中から竹下麻衣さんの『せんたくものかごのなかで踊る』がグランプリを受賞した。竹下さんは1999年島根県生まれ、今年3月に嵯峨美術大学芸術学部造形学科を卒業したばかりの、京都府在住の作家だ。12月14日から国立新美術館で今年度の受賞・入選作品を展示する「Idemitsu Art Award展 2022」を前に、竹下さんに受賞作や今後の制作についてお話をうかがった。

素材の異なる服の重なりをさまざまな技法で描く

─ 「Idemitsu Art Award 2022」グランプリ受賞おめでとうございます。この賞に応募した理由やきっかけを教えてください。

嵯峨美術大学で先生から(前身の)シェル美術賞のことを聞き、過去2回応募しました。ジャンルを超えて油彩画などと同じ平面領域として日本画を審査していただけることが魅力でした。他に学生対象のコンペに応募したこともありますが、受賞は初めてなので嬉しく思っています。

─ 受賞作のコンセプトは、どういったものでしょうか。

私は日常の中で見つけたモチーフから線や面を抽出することをテーマとし、自分が意図していない面白さが画面に現れるといいなと日々考えながら制作しています。今回は、日常生活で洗濯物が無造作にカゴに溜まっていく中で、ふといろいろな素材の服が線や面に見えて面白いなと思い、描き始めました。今回は、いつもよりコンセプトを明確に意識しながら制作ができたと思います。

─ どんなふうに制作していったのかプロセスを教えてください。

いくつか洗濯物とカゴのモチーフを用意して、下絵を何枚も描いています。写真のように、ある日その時の洗濯物を描写したのではなくて、約半月かけてデッサンやドローイングを何枚も描いて、試行錯誤しながら組み合わせていきました。カゴという隙間のある形なので、洗濯物が出たり入ったりすることで内側と外側が交わる面白い画面構成になるなとも思いました。作品にとりかかった期間は約1カ月で、のべ1カ月半で制作しました。

─ 作品タイトル『せんたくものかごのなかで踊る』に「踊る」とあるように、夢中で筆を振るって無意識に現れた線もあるのでしょうか?

自分が引いた線が完璧にイメージ通りになるわけではないので、夢中で描いているうちに、思った通りになった、あるいは思った通りではなかったけれどもこれも良いなという線も生かしていきました。一発描きでうまく引けた線も残しています。

グランプリ受賞作品「せんたくものかごのなかで踊る」

グランプリ受賞作品「せんたくものかごのなかで踊る」
2022年 162x140cm 日本画、岩絵具、水干絵具、膠、箔、麻キャンバス

─ 作品を間近で見ると、絵具の筆致、線の密度と余白、いろいろな描法が同居していて、現代の日本画ともいうべき不思議な質感が楽しめますね。

はい。最初に質感の違う素材の衣類が重なっている様子を面白く感じて、その新鮮な気持ちを最後まで大切にしました。パキッとした布のシャツや細かい模様、てろてろした柔らかい素材の衣類が入っているなど、さまざまなものが一緒になっている状態がいいなと。画面に強弱をつけるために、右側が垂れている、左側をいろいろ実験しながらギュッと集中させる場所みたいな感じで、あえてそれぞれタッチを変えて描いています。

─ 作品は高さが規定上限サイズで、実物の洗濯物かごよりずっと大きいですが、このサイズにした意図はありますか?また、こういったサイズの大きい作品は普段から描いているんですか?

大きな画面だと、洗濯物の線や面がより大きく表現できると思ったからです。大きい分、細かい描写もいろいろ遊べるなと思い、拡大する形で描きました。普段の制作でも、モチーフを実際のものより大きい形で表現することが多いです。

─ 具象的でもあり抽象的でもある絵画ですね。

はい。最初にこの題材を見つけたときに最後まで楽しく描けそうな予感があったのですが、制作の途中でこの表現でいいのか、作品が完成するのかわからなくなってしまった時もありました。そんなふうに迷った時はコンセプトを見直すようにしていました。

さまざまな衣類がリズミカルに描かれている。写真ではわかりにくいが、画面には細かな模様の描き込みや金箔で描かれた線もあり見飽きない。

さまざまな衣類がリズミカルに描かれている。写真ではわかりにくいが、
画面には細かな模様の描き込みや金箔で描かれた線もあり見飽きない。

─ どんなところで迷ったのでしょうか?

最初はビビッドな色合いにしていたし形ももっとスマートで、溢れ出ている感じでもなかったんです。それで良いと思って描いていたのですが、描いている間にこれで良いのかなと不安になって。でも色を洗ったり重ねたりするうちにしっくりくる色の組み合わせを見つけ、そこに形を合わせることができたり、気持ちよく線を引くことができて、最後まで楽しく描き上げることができました。

─ 国立新美術館で開かれる「Idemitsu Art Award展 2022」で展示されるのが楽しみです。来場される方々に、ここは見てほしいという鑑賞ポイントはありますか?

岩絵具を使っているのですが、その粗さもすごく粗いものからマットなものまでさまざまで、衣類の生地や風合いに合わせるかのように部分部分で違う表現にできました。また、金箔も使っていますし、いろいろな質感を表現できたと思いますので、見ていただく方に多様な表現を楽しんでいただけたら嬉しく思います。

近づいて見ると絵具の質感や筆致の豊かさがわかる。

近づいて見ると絵具の質感や筆致の豊かさがわかる。

日本画の画材の良さ、表現の可能性

─ 美術大学に進学した動機や、日本画を選んだきっかけを教えていただけますか?

子どもの頃から絵を描くのが好きで、美術大学に行けたらいいなと思っていた頃、地元・島根県の美術館で現代作家の日本画を見る機会があったんです。画材が油絵とはまた違っていて面白いな、日本画というジャンルがあるんだと知って調べていくうちに日本画を専攻しようと決めました。嵯峨美術短期大学から4年制の嵯峨美術大学芸術学部造形学科に編入し、いろいろな先生に学ぶことができました。

─ 卒業後も画家として日本画を描こうと思ったのはなぜですか?

日本画を専攻して勉強していく中で、素材の良さや、自分が挑戦したいさまざまな表現の幅が日本画の画材にはあると感じました。入学してから生活が絵に全部使える日常になったので、いろいろなものを新鮮に感じて吸収した4年間でしたね。また、大学時代から京都に住み、外でもさまざまな作家の展覧会を見る機会が増えました。京都の街に出るといろいろな人や造形物に出会えて創作の刺激を受けることができます。

─ 受賞作の他には、どのような作品を描いているのですか?

最近では、花が枯れて形を変えていく様子を描いた作品もあります。シャキッと立っていた花が萎んで形が崩れていく様子と、元の形が残っている様子と、同じモチーフで形を変えて描いています。洗濯物のモチーフもまた別の形を描きたいと思っています。

竹下麻衣さん1

─ 普段から生活の中で絵の題材を探しているのでしょうか?

この2、3年、コロナ禍でモチーフを探しに外に出ることができず、家にずっといる分、些細なところに目が行くようになったと思います。洗濯物や枯れていく花、ほかには寝たあとのシーツのシワとか。自分が手を加えていないところで生まれたり変化したものの面白さを描く、というコンセプトの基盤ができたと思います。

─ 生活の中で発見した題材を描くことで、絵画を描くことに留まらず、竹下さん自身の生活も豊かになるかもしれませんね。

そうですね。面白いものを見つけたときに楽しくなるので良いモチーフ選びの方法だったなと思っています。

─ 「現代に日本画を描くこと」について考えていることはありますか?

現代では抽象的に描く日本画の作家もいらっしゃいますし、いろいろなスタイルが派生していく絵画の歴史と同様に、日本画も変化していくと思っています。たまたま日本画に出会って良いなと思って描き始めたのですが、日本画の画材による表現にはまだいろいろな可能性があると思っています。

竹下麻衣さん2

迷うことがあっても。完成まで描き上げることが大切

─ 首都圏以外にお住まいだと、美術展への応募に送料がかかる、東京の展覧会場をあらかじめご覧になれないなどハードルがあるのではと思います。一方で、今回25歳以下は応募料が無料になりました。京都にお住まいで23歳の竹下さんにとっていかがでしたか?

搬入場所が東京になることが多いので、送料を負担に思うことは実際にありますね。集荷を見越した制作スケジュールとお金の、両方を管理する必要があります。ただ、京都は東京へのアクセスが良いのでそこまで大変ではないかな。もっと遠い県や交通や物流の便が良くない地域で活動することを想像すると、もっと出費がかさむんじゃないでしょうか。そういう環境の中で今回、「Idemitsu Art Award」となり25歳以下は出品料無料になったのはありがたく思っていました。今回はできませんでしたが、その分もう1点制作することも可能になるので、2点同時に制作して、どちらにするか悩んだら両方出したりすることも可能になり、選択肢が広がって良いですね。

─ 今後、どのように作家活動をしていきたいでしょうか?

まだ個展を開いた経験がないので、来年中に個展を開くことを目標に、精力的に制作を続けていきたいです。自分は何を描きたいのかを掘り下げていきながら、作品の強度を高めていきたい。いろいろな方に作品を見ていただきたいと思っています。

─ 次回応募しようと思っている方々にメッセージをお願いします。

描くのを途中で諦めないでほしいです。答えがないので、描いていると途中で不安になり、また別の絵を新しく描こうという気持ちになってしまうことがあるかもしれないのですが、描きあげることが大事だということをお伝えしたいです。私自身、何か一つ完成させることが次の一歩になり、成長することができると思っています。

初出:コンテスト情報サイト『登竜門』 文:白坂由里 写真:出光興産 提供 編集:猪瀬香織(JDN)