Idemitsu Art Award2021 グランプリ受賞者インタビュー

自分の視点を、鑑賞者が追体験できるような絵画を描きたい
Idemitsu Art Award2021グランプリ 福原優太

Idemitsu Art Award2021グランプリ 福原優太

40歳以下の若手作家による、平面作品を対象とした出光興産主催の公募展「Idemitsu Art Award」。「国内の文化・美術の発展に寄与したい」という思いから1956年に創設され、2021年で66年目(開催は50回目)となる。2021年度は508名による732作品の応募の中から、福原優太さんの「無題」がグランプリを受賞した。2020年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻を卒業した1997年生まれの画家だ。福原さんに応募の動機や制作活動などについて話を聞いた。

場所や時間は見る人に委ね、新鮮さを大事に描く

─ グランプリ受賞おめでとうございます。受賞作品「無題」について教えてください。

夜中に6~7人の友達とドライブに行き、東京・八王子の見晴らしのいい高台から撮った写真をベースに描きました。空の色が暗くないのは、まず最初に、大きい空を好きな色で描きたいと思っていたからで、空が抜けた空間にしたかったんです。そこから草原を描いて、距離感を生むために赤いラインを引いたことで奥行きが出ました。

─ いつも写真を撮って描いているのですか?

どこへ行ってもスマホで写真は撮っていて、どう絵にするか考えながら風景を見ていますね。写真を撮る時は常に描きたい、どう描くかというイメージをしています。

今回は、写真に写っていた街の光は描かず、場所や時間は見る人に委ねています。コロナ禍が割と落ち着いた頃のドライブで、久しぶりに友人と会った開放感と、せめて絵の中では違うどこかに旅をしたいとの気持ちを、鑑賞者に追体験してもらうためです。

この絵は、自分では楽しい思い出とともに描いているんですけど、審査員の中には「不穏な感じ、でも希望がある」といった読み取り方をされている方もいらっしゃいました。自分も鑑賞者になった時には「確かにそう見えるな」と。見る人の感じ方は100人いたら100通りあっていいと思っています。タイトルも、つけると連想が限定されてしまうので、あえて「無題」としています。

─ ストローク(筆跡)から風のうねりを感じます。絵に勢いを感じますが、描くのにどのくらい時間がかかったんですか?

制作では30分から1時間程度のスピーディーな作品もあれば、数日かかる作品もあるんですが、これは数時間で描けました。空の流れの跡は、100円ショップで買った大きなプラスチックの箒で描いています。そのほか草原の一部はティッシュ箱の底に絵具をつけてジャーッと流したり、あとはタワシとか、身近なものを筆の代わりに使ったりするんですよ。所々に違う味みたいなものが出るんじゃないかと思って。描いている自分自身が新鮮な感覚でいたくて、いろいろな道具で描いてみたり、描きすぎて絵が硬くなる前に手を止めるようにしています。

グランプリ受賞作品『無題』162×130.3cm 油彩・キャンバス 2021

グランプリ受賞作品『無題』162×130.3cm 油彩・キャンバス 2021

─ 福原さんは同じサイズの作品をもう1点応募していて、創作の幅広さに可能性を感じてグランプリに決まったそうですね。審査員にはそれぞれ別の作家の作品だと思われて、両方が一次審査を通過していたと聞きました。

系統の違う2点を出した方が面白いのではと思ったのですが、この2点を出して本当に良かったです。受賞作は数時間で、もう1点は1ヶ月ほどかかりました。もう1点は祖母の家の裏の林を撮影した写真をもとに、群生した植物を描いたのですが、こちらの作品で苦戦したことを受賞作で活かせたので、早かったし楽しかったんですね。今回受賞した作品があまりにも早くできたので、何枚も立て続けに描いたんです。Idemitsu Art Awardに出すタイミングでかなり枚数ができたので、他の公募展にも出しました。そちらは落ちてしまったんですけど(笑)。

グランプリ受賞作品『無題』162×130.3cm 油彩・キャンバス 2021

絵が描けなくなっていた自分を再始動させるために応募した

─ 油絵を始めたのはいつ頃からですか?。

高校1年生から美大受験予備校でデッサンをし、3年生で油絵を始めました。初めはデザイン科志望だったんですが、最初にやった平面構成がマチエール盛り盛りで油絵でしかなく、講師からもデザインより油絵のほうが向いていると言われて(笑)。そこから1年間ひたすら油絵を描いて、自分がやりたいこと、やれることを理解して向き合うことを教わりました。美大に入学してからもずっと描き続けていたんですが、卒業してから1年くらい絵が描けなくなったんです。

─ どんな理由で描けなくなっていたのでしょうか?

大学2年の時に周りの同級生たちの絵に強く惹かれてしまって、その影響で自分自身を見失ってしまっていたんですよ。それでも大学4年間はもがきつつ絵をメインにやっていたんですけど、卒業後は同級生の作家たちを応援する側になろうと、ギャラリー&バーをやりたいとまで考えていました。

─ そんな中で、Idemitsu Art Awardに応募されたのはなぜですか?

この1年、コロナ禍でバイトにもあまり入れなくなって無為な時間を過ごしていたら、一緒にアトリエを借りている友人が「目標を持って生きろ」と本気で怒ってくれて。「シェルに応募してみたら」と勧めてくれたんです。だから受賞した時には同級生が驚いていました。同級生のほとんどは、僕が絵を続けていないと思っていたでしょう。家族も理解してくれていましたし、僕一人の力ではこの結果にたどり着かなかったと思います。

─ 再始動されて、今は画家としての活動を続けているのですね。

はい。これから画家として食べていくことを考えていくと、ある程度のスピードで作品を作っていかないとと思って制作を続けています。日本で売れている作家で言うと井田幸昌さんなどは描くのが速そうなんですよ。僕は今、祖母宅の3階で制作をしているんですが、10枚近くの絵を独立して同時進行で制作していて、下地をつくって乾き待ちの間に別の絵に行くとか、別な絵を描いていて余った絵具で描くこともあります。この柔軟さは自分の強みになるのかなと思っていますね。

福原優太(ふくはらゆうた) 1997年生まれ、東京都在住。2020年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻を卒業。

福原優太(ふくはらゆうた) 1997年生まれ、東京都在住。2020年に武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻を卒業。

─ 制作では、どのようなテーマで描かれているのでしょうか。ポートフォリオを拝見すると、静物、風景、人物、半具象、抽象などさまざまな絵を描いているんですね。

受賞作は人を描きたいという画欲で人物を描きこんだんですが、本当は油絵で人を描くにはまだ力が足りないと思っていて、上空から見た町の風景など、視点を変えて描いています。最近は、自分の視点を追体験させたい、自分の視点に鑑賞者が立てるような作品を描きたいと思っています。

また、最近はスマホでドローイングしているんです。(スマホのギャラリーを見せながら)これは首都高をドライブしながら見た夜景から建物の輪郭と空の輪郭がぼやける瞬間を捉えたり、あと、ビルに映った雲をどうやってキャンバスに描くかというイメージを持ちながらドローイングしたりもしました。油絵で人を描かない分、ドローイングでは寝ている友人や、電車で目の前にいた人を描いたりもしています。訓練という面もありますし、自分は飽きやすいタイプだと思うので、熱を覚まさないように駆動させている面もありますね。

福原さんのポートフォリオ。ポートフォリオ中1点を除く25枚全部が2021年7月~11月に制作したもので、描き終わったらInstagramにあげていたそうだ。

福原さんのポートフォリオ。ポートフォリオ中1点を除く25枚全部が2021年7月~11月に制作したもので、描き終わったらInstagramにあげていたそうだ。

スマートフォンでのドローイング。頻繁に描いていて、ドローイングから油絵にすることもあるとのこと。

スマートフォンでのドローイング。頻繁に描いていて、ドローイングから油絵にすることもあるとのこと。

様々なアーティストの作品を「見ること」から吸収したい

─ 話は変わりますが、公式サイトの受賞コメントで「今まで私は作家ではなくコレクターになる人間だと思っていました」とありました。他の方の絵を見るのはお好きなんですか?

はい。時代はバラバラで、好きな作家がたくさんいます。画家になりたい人は特にいろいろな作家を知って、たくさんの絵に触れることが大事だと思っています。

「ゴッホ展 響き合う魂ヘレーネとフィンセント」は2回行って、友人が注意してくれなかったら2階に上がるのを忘れていたくらい、1枚に時間をかけて見ました。昨年の「ピーター・ドイグ展」も朝から行って1日中いても見足りなくて3回行きましたね。吸収しようと思って長時間一枚の絵を見続けています。友人と渋谷あたりで自転車を借りて2日間で20軒くらいギャラリーを回ったり、あるいは一人か二人で一日を一つの美術館に捧げたり、インプットはまとめて行うようにしていて。金沢21世紀美術館で開催されたミヒャエル・ボレマンスとマーク・マンダースの2人展は、夜行バスで行って丸一日いました。会場を出たのは閉館時刻で、金沢の市場も閉まっていて何も食べられなかった(笑)。ボレマンスはお腹いっぱいでした(笑)

─ 最終的には吸収したものを自分の絵に落とし込みたい?

はい。自分でもそこから学んでいるんだと思います。受賞作も、草原の緑の手前に赤を入れるのは以前に見たミリアム・カーン、シルエットぽいところはヴィルヘルム・サスナルの影響を受けています。描いている最中は何色を置いたら面白いかなと感覚的に選んでいますが、後から、以前に見た作家の作品から引っ張られてきたんだなと気づくようなことはあります。絵の文脈や時代背景なども学びたくて、最近はデイヴィッド・ホックニーが画像の歴史を書いた『絵画の歴史、洞窟壁画からipadまで』などを読んでいます。

─ さまざまな時代のさまざまな作品に触れた上で、ご自身が今この時代に絵画を描いている意味を、どう考えていますか?

ゴッホやモネなど先人の作品は、その時代の空気感や画家が見ていた風景、さらには匂いを感じさせます。それが絵画の良さだと思っています。現代アートにはいろいろな手法があり、僕自身も現代アートを鑑賞することは好きですが、あくまでも画家として生き、制作するのは絵画でありたいです。

─ 今後の活動のご予定をお教えください。

2022年春、夏、秋と3回の個展が決まっています。今すでに作品が50点近く溜まっているので、どんどん発表していきたいです。

─ 最後に、今後Idemitsu Art Awardに応募しようと思っている方にメッセージはありますか?

僕は、公募展に出すというのは他人と比較され、落選・入選があるという点で、勝負だと思っています。もちろん絵なので直接的な勝ち負けではないですし、その年の審査員の方との相性や時の運もあるので一概には言えませんが……。だからこそ、Idemitsu Art Awardに限らず、公募展に出すのは過程が大事だとお伝えしたいです。

今回のIdemitsu Art Awardには、多くの同期の友達が出品するということを事前に聞いていたので、誰にも負けたくないという気持ちで取り組みました。その結果、モチベーションが上がって絵を描くこと自体が楽しくなりました。ライバルや仲間って大事な存在だと思いましたし、応募すると決めてその過程で頑張れた、楽しめたことがよかったです。

これから応募を検討されている方には、制作して出品する過程を楽しんで、描いて、描いて、描きまくって欲しいです!次回のIdemitsu Art Award、誠に勝手ながら力作に出会うのを楽しみにしています。

インタビューイメージ
インタビューイメージ

※本記事の取材は2021年12月10日に実施しました

初出:コンテスト情報サイト『登竜門』 文:白坂由里 写真:加藤麻希 編集:猪瀬香織(JDN)