Idemitsu Art Award2020 グランプリ受賞者インタビュー

「見えること」と「見えないこと」をテーマに、新しい絵画を描きたい
Idemitsu Art Award2020グランプリ 今西真也

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

「日々作品をつくり続けている若い作家が、自分の作品への評価を確認できる場を提供することによって、国内の文化・美術の発展に寄与したい」という思いから1956年に創設され、2020年で64年目(開催は49回目)を迎えた出光興産(トレードネーム:出光昭和シェル)主催の公募展「Idemitsu Art Award」。40歳以下の若手作家による平面作品を対象とし、これまで高松次郎、菅木志雄、曽谷朝絵、笠井麻衣子らを輩出してきた。

2020年度は597名による846作品の応募の中から、今西真也さんの「Story - Where are we going?」がグランプリを受賞。2015年に京都造形芸術大学大学院を修了した1990年生まれの気鋭の作家だ。鑑賞者が見る距離を変えることで、線描の抽象絵画のようにも鳥のシルエットのようにも見える作品で、抽象性と幻想的なイメージという対照的な世界を同時に併せ持つことに成功し、高く評価された。今西さんに、制作の動機やプロセスなどについて話を聞いた。

グランプリ受賞作品「Story – Where are we going ?」

グランプリ受賞作品「Story – Where are we going ?」

見る人の頭の中でイメージを生み出すために、独自の技法を編み出す

─ グランプリ受賞おめでとうございます。今回のIdemitsu Art Awardには、どのような動機で応募されたのでしょうか?

新型コロナウイルスの影響で、3月の東京アートフェアをはじめ、予定されていた展覧会やコミッションが中止や延期になって気落ちしていた時期に、後輩がIdemitsu Art Awardの公募チラシを持ってきてくれたんです。それを見て、こういう時こそチャレンジしたほうがいいなと思って応募しました。

─ ちなみに今年、ほかのコンペにも挑戦されていますか?

いえ、僕の作品は実際に見ていただかないと伝わらないので、写真審査で落ちそうなコンペには出しません。なので、出せるコンペが少ないんです。また、多くのコンペでは平面作品の厚みがだいたい10センチ以下に規定されているんですが、僕の作品の厚みはそれを超えてしまうんですね。だから、まさか受賞できるとは思っていなくて、「グランプリです」と電話で言われた時には「何位ですか?」と聞き返してしまって(笑)。こんな歴史のある賞をいただけて本当にありがたいと思っています。

─ 受賞作の数年前から、分厚い絵の具のレイヤーを削るようにして描き出す独自の技法で作品を制作されていますが、まず今西さんがこの技法を編み出した経緯について教えていただけますか?

ものが存在するってなんだろう、見るってなんだろうということを探求していく中で、大学院生のときにふと見たテレビの美術番組が発想のきっかけになりました。番組では歌川広重の浮世絵木版画「東海道五十三次」を紹介していて、当時の西洋人が雨を点で表現していたのに対し、線で表現したのは日本人だけなんだと解説されていたんです。

その時に、「そうか、日本人は江戸時代にすでに点と点をつないで線として認識することができていたんだな」と考え、点と点を提示すれば線に、さらにそれらを面として認識することができ、鑑賞者一人ひとりの頭の中で完成する絵になるんじゃないかと思ったんですね。それによって、以前から関心のあった「見えているけれど見えていない」状態がつくれるんじゃないかと。それで、最初は点描のような絵をつくっていました。

─ そこから、どのように筆致を活かした手法になっていったのですか?

僕は、絵画とはやはり「行為性の集合体」だと考えているんです。それで試行錯誤するうちに、絵具を塗り重ねて層にしたところを筆でえぐることで、タッチ(筆致)を残すことができるじゃないかと思いつきました。子どもの頃にクレヨンで描いたものをひっかいて遊んだじゃないですか?ああいう感覚で。見ていた点が集まってひとつのイメージができて、また別の点とつながっていくような絵が描けたら面白いなと思い、今の技法でいろいろ試すようになりました。

─ モチーフはどのように選んでいるのですか?

描かれたものの“次”を連想させるようなものを選んでいます。入道雲をモチーフとして「雨が降りそう」という次の動きを連想させるとか、ろうそくで光や時間を表現するなど、それぞれ挑戦したいテーマがあって描いてきました。

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

今西真也(いまにししんや) 1990年奈良県生まれ、奈良在住。2015年京都造形芸術大学大学院芸術表現専攻ペインティング領域卒業。現在はnca | nichido contemporary art所属。主な受賞歴に「Kyoto Art Tomorrow 2019─京都府新鋭選抜展」(優秀賞)、「3331 Art Fair 2015」(田中英雄賞、小松準也賞)。近年は韓国や台湾などを含めた国内外で展覧会を開催。

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

デジタル社会の中で、実際に見ないとわからない絵画を描きたい

─ 今回のグランプリ受賞作で、新たにチャレンジされたことがあれば教えてください。

前々から考えていた、主題を直接出さずに物語性をどう表現するかという課題にチャレンジしています。コロナ騒動が始まった春頃、身近な場所やテレビで烏の群れを見て気に留まったことから、『古事記』で案内人を象徴する八咫烏(やたがらす)をひとつのモチーフとして、「この時代はどこへ向かうのか」と案ずるようなテーマを込めて描きました。でも、見る人が想像する鳥でもいいし、「羽ばたく」イメージでもいいですし、ストーリーは見た方が考えてくださると嬉しいです。

─ 今回の作品は抽象度が高いように見えますね。審査員のみなさんも最初は線状の抽象絵画に見えたと図録に書かれていました。

そうですね。見る距離の違いで、抽象絵画として見えるように考えて描きました。いつもドローイングから考えていくのですが、鳥のモチーフは、最初に頭にあったイメージを4つくらいドローイングしてから、それらをプリントアウトして壁に貼り、遠くから見て一番鮮明で姿のいい絵にしました。

─ 絵の具による凹凸があって、思わずキャンバスの横からも見てしまうのですが、どうやってつくられているのか、おおまかなプロセスを教えていただけますか?

まず、烏のモチーフを下図として塗り重ねて描いてから、それを白い絵具で筆致をつけながら全部覆い潰します。さらにその白い画面に筆を下ろしてえぐっていくんですが、先端は重力に逆らうように跳ね返す、という動きを繰り返しています。正直、最初の3分くらいまでは楽しいですが、あとは写経のようですよ(笑)。

─ 下図をしっかり描いていると聞いて驚きました。それを潰してまた描くのは、モチベーションの維持が大変そうです。

最低3回は描いていますからね。1度下絵ができたら「さあどうなる!?」という感じで、また飛び込んでいくような気持ちでやっています。

─ 1枚描くのにどれくらいかかるものなのですか?

今回の作品はまず準備に4、5日かかっています。パネルやキャンバスを用意して、どの色がどれくらい必要か絵の具の量を計算して、ちょっと多めにためて山にしておくんです。ただ、描き始めて5日目くらいから絵の具の表面が乾いてしまうとえぐれなくなるので、3、4日くらいで描き終わらせています。

─ 最も難しいのはどんなところですか?

描いた下図を撮影してパソコンに取り込み、それを点と線のみに加工したものをキャンバスに投影しながら描いて、筆でえぐっていくのですが、下層部分がどこにどう出てくるのかわからない感じもあるんです。例えば、今彫っているところがクチバシの端なのか羽の端なのか、少し不安になりながらも最後まで掘り進めていました。

─ 時間との勝負でやり直しがきかなさそうですが、直すこともあるのでしょうか。その判断はどのようにするのでしょうか?

筆致と下の層が気持ち良く出るかどうかを必死に追っているので、ずれた時には違和感でわかります。ただ最近は、意図と外れて崩れていくような、偶発性が多くても面白いと思うようになってきました。

─ 絵具の厚みはどうやって決めているのですか?

年々分厚くなってきてますね(笑)。筆が太ければ太いほど、厚みを出した方がえぐった時のエッジが出る感覚が気持ちいいんですよ。側面から見て、キュッと跳ね返ったところが美しいように、ということも考えています。

また、距離感って人間のもつ感覚の面白いところだなと思っていて、絵を離れて見ても近づいて見ても面白く見られるようにしたいんです。そのために、えぐるだけでなく、さらに櫛で細かい横線を入れたり、ドリッピングを入れたり、いろいろな技法を使っています。

やはりこのデジタルの時代でも、絵は直接見た方が楽しめると思っているので、それを感じられる作品、実際に見ないとわからない作品をつくりたいですね。

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也
Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

老舗奈良漬店4代目とアーティスト活動の両立

─ 話は遡りますが、絵はいつ頃から描き始めたのでしょうか?

絵を描くことは幼稚園の頃からずっと好きで、中学の頃には美術大学に行こうと思っていました。子どもの頃から見たことのない世界を見たいという気持ちがあり、ルネ・マグリットの「光の帝国」を見た時に、見たことのない世界って描けば見られるんだなと思ったんです。

実は実家が奈良漬屋でして、大人になったらバックパッカーをしたいとも思っていたのですが、家を継がなければとも思っていたので、家から2週間外に出るのは無理だなあと。でも家業のほかにもう一つ何かしたかったから、画家になって土日に絵を描けば両立できるだろうと、子どもながらに考えたんです。それで親に許しをもらって京都造形大に入りました。

学部生の頃はアカデミックな絵画を学んで描いていたんですけど、大学院で宮島達男先生、椿昇先生、大庭大介先生、後藤繁雄先生に出会ったんです。学部生の頃にゲルハルト・リヒターのことなども本で見て知ってはいたんですけど、あまり自分との地続き感が感じられなかったんですが、現代アートの見方がわかって、一気につながっていきました。それからロンドンのフリーズアートフェア、香港のバーゼルアートフェアなどに実際に見に行って、「ああこういうことか」と腑に落ちたんですね。

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

─ 「こういうことか」というのは、現代アートがわかったということなのか、あるいは絵を描く行為の本格度が増したということなのか、どちらでしょう?

両方ですね。大学院で近現代の絵画史をもう一度勉強し直して、アーティストたちがどのようにコンセプトを立てて制作しているのかを学び直したんです。

その上で、フリーズアートフェアを見て、ゲルハルト・リヒターやジェフ・クーンズ、あるいはギャラリー・ペロタンの作家たちの作品の大きさやクオリティの高さ、大きな空間でお客さんが作品を見て感嘆の声を上げるような華やかさなどに感動しました。自分ももっと考えてつくらないといけないなと身が引き締まったんですね。そこから、大学院の2年間でかなり作風が変わりました。

─ 画家としての仕事と奈良漬屋での仕事は、生活の中でどのように両立されているのでしょうか?

大学院修了後、ありがたいことに展覧会などにお声がけをいただいて制作の方が忙しくなりまして、朝7時に起きて午前中10時くらいまでにパートの方たちが作業できるようにちゃんと準備をして、その後は夜7時くらいまでアトリエで制作して、夜はまた店の仕事をするというサイクルでやっています。

─ ちなみに奈良漬店で今西さんはどんなお仕事をされているんですか?

江戸時代末期に創業した店で、現在も化学的な材料は使わずに江戸時代の製法でつくり続けているのですが、短いもので4年、長いもので19、20年かけてつくっているので、よくある奈良漬けとは色も形も違います。漬けるための酒粕を混ぜる作業とか、1トン単位でこんな色にしようとか配合を考えたりもしています。絵の具の量が多くなっているのはそのせいかも(笑)。

新しいものを常につくり続けなければならない絵画と、100年同じものをつくり続けなければならない奈良漬は、どこかで別物だと思っていたんですけど、一人の人間を通してどこかでつながるんだろうなと今は思います。100年が長いとは感じないし、時間の感覚が周りと違ってくることはありますね。

─これからどのように制作活動を続けていきたいと考えていますか?

これまで展示を見ていただいた人には「いいよね」と言っていただいていましたが、多くの人に知られていたわけではなかったので、実際にみなさんに見ていただく機会を増やしたいですね。「見えること」と「見えないこと」をテーマに、今回の作品の進化形と、また新しい手法を試していきたい。ストイックに思われがちなんですけど、アトリエには、発表せずに遊びでつくってみた作品もいろいろあります。まずは手を動かしてやってみる。やはり新しいものをつくりたいんですよね。

Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也
Idemitsu Art Award2020グランプリ今西真也

文:白坂由里 / 撮影:加藤麻希 / 編集:堀合俊博(JDN) / 初出:コンテスト情報サイト「登竜門」