シェル美術賞2019 グランプリ受賞者インタビュー

“エモーショナル”を“ロジカル”が支える。シェル美術賞2019グランプリ黒坂祐

シェル美術賞2019グランプリ黒坂祐

1956年に「既存の権威にとらわれず、新人を発掘して自由に賞を与えたい」という思いから始まった、出光昭和シェル主催の公募展「シェル美術賞」。40歳以下の若手作家を対象としたこの美術賞は63年目を迎え、これまでに赤瀬川原平、高松次郎、菅木志雄などの芸術家を輩出している。

2019年のグランプリを受賞したのは、2019年春に東京藝術大学大学院・絵画専攻(油画)を修了した気鋭のアーティスト、黒坂祐さん。作家が入居するシェアスタジオ、さらにギャラリーとサロンの機能をあわせもつ「四谷未確認スタジオ」を運営し、作家活動と両立している。作家活動を多面的な視点からとらえる一方で、「応募したのは絵画を制作活動の『軸』に据えるため」と語る黒坂さんに、その経緯や制作スタイルについてうかがった。

作家活動を続けるために、制作の軸を決めた

─ 黒坂さんは、作家活動と並行して学生時代から「四谷未確認スタジオ」を運営するなど、少し変わったご経歴をお持ちです。そもそも絵を志したきっかけはなんだったのでしょう?

まず、大学受験ではデザイン科を志望したんですが3回失敗して、周りの勧めもあって油画専攻を受験しました。強い意志をもって油絵に進んだわけではなかったです。入学後に現代美術に出会い、「こんなに楽しいものがあるんだ」と衝撃を受けて夢中になって、不定形な映像やパフォーマンス表現、期間限定のアートスペース運営などをしていました。

なんとなく絵を描き始めたのは学部4年の頃です。画材も墨とかアクリル、ペンキと試行錯誤するなかで、油絵具でなにができるかを考えるようになり、水彩みたいにサラッとしていて物質感を抑えた描き方をするようになりました。

黒坂 祐

黒坂 祐(くろさか ゆう) 1991年生まれ、千葉県出身。2019年に東京藝術大学大学院 美術研究科 修士課程 絵画専攻油画を修了。四谷未確認スタジオ運営、株式会社バスユニット取締役

四谷未確認スタジオ

取材は「四谷未確認スタジオ」のサロンスペースとアトリエで行った。銭湯を自分たちの手で改修した場で、脱衣所をギャラリーとサロンに、浴場を制作アトリエに変身させている

─ シェル美術賞には、どのような理由で応募したのでしょうか。

いろんな要素があったのですが、一番はやはり、絵画を作家活動の軸にする覚悟を決めたからです。大学院を出て作家活動を続けるために、なんの表現がいちばん自分に合っているのか考えました。絵画以外にも都度、目的に合った表現方法を選ぶことはしていきたいのですが、軸は決めたかった。逆に、そういう覚悟がないうちは公募展に出さないほうがいいと思っていました。
“伝統的で大規模な公募展”のシェル美術賞はずっしりとした重しのようですが、絵をやっていきたいという僕の目的には、ポジティブな意味でかちっとはまりました。

「間」という曖昧なものをなんとか描く

─ 受賞作品「夜から朝までの間」の制作期間はどのくらいでしたか?

描き始めたのは締め切りの2週間ぐらい前で、スタジオの運営業務と並行しながら制作を進めていきました。先に作品の構想があり、それには油絵が合うんじゃないかと思って油絵具を新たに買い集めたりもしましたね。搬入するときにはまだ絵具が乾ききっていなかったので、集配に来た業者の方に「乾いてないんで一番上に乗せてください」とお願いしました(笑)。

グランプリ受賞作品『夜から朝までの間』

グランプリ受賞作品『夜から朝までの間』 145.5×97cm 油彩・パネル 2019

─ 期限ギリギリでの完成だったんですね(笑)。作品のテーマについて教えてください。

今作は4年前に行った同名のパフォーマンスのコンセプトを絵画に置き換えて制作したものです。僕はパフォーマンスに関しては技術を磨かなかったので即物的な表現になってしまい、どうしても想像できる範囲におさまってしまったんです。でも絵であればもう少し抽象化できて、自分の想像以上のことが起こるんじゃないかと考えました。

─ 描くモチーフはいつも抽象的なものなのですか?

僕はモノ、たとえばリンゴそのものを描くことにはまったく興味がなく、リンゴを描かずにリンゴを表現するような、強さのある絵を描きたいとずっと考えています。それを突き詰めていくと、自分とモチーフとの間にある関係性だったり、時間、空間……「間(あいだ)」というすごく曖昧なものをなんとか描くようなことです。絵にならなくて断念することも多々ありますし、「夜から朝までの間」でも100%実現できたわけではありません。でも、今後も変わらず、そこを突き詰めていきたいです。

“エモーショナル”を“ロジカル”が支える制作スタイル

─ 制作は、どのようなプロセスでされているのでしょうか。

まず最初に、最近あった事件や身近な問題をできるだけ抽象化して、思いつくまま紙にドローイングをします。そのあとPCに取り込み、デジタル上で形を描いて色を塗ってある程度イメージをつくります。僕の絵は細密描写をするわけではないので、デジタルとの相性がいいんです。
そして最終的に、板など実物の画面に手で描くときは、描いた線を一切修正しないと決めています。色と質感の組み合わせだけでどうにか成功させるのが楽しいところであり、僕の絵のつくり方なので、うまくいかないから形をちょっと歪めたりするのはアウトなんです。そういうふうにしないとシビアな判断ができなくなります。
グラフィックデザインとイラストレーションとファインアートの中間のようなことをやっている実感があって、そこをうまくはめるのが楽しいですね。「今、“絵”になったな」と思えたら、そこではじめて作品になります。

手描きのドローイング

手描きのドローイング

アトリエのPC机

ギャラリー・サロン奥にあるアトリエのPC机。浴場だったところに自分たちで木を組んで、黒坂を含む作家6名それぞれのアトリエを作っている。

PC机の横にとられた制作スペースで着彩

PC机の横にとられた制作スペースで着彩する。油絵具は落ち着いた色も美しいことが魅力だと語る

─ ロジカルとエモーショナルを切り替えながら制作されているような印象です。

ドローイングは作品づくりのモチベーションの部分なので、かなりエモーショナルです。次のデジタル上でイメージをつくるときは、完全にロジカル。どういう景色をどういう素材で表現しようかなと、プランを練るような感覚かもしれません。
板面に描く段階では、すでにプランもできあがっていて、なおかつ線をずらさないといった制約もあるのに、どうしてもロジックが通用しなくなります。あらかじめ決めた色を塗ればいいというのではなく、たとえば「今、この黒い色で夜を描いている」ということを筆先まで伝えないといけない。気持ちを込めて真剣に描かないと自分でもいい絵に見えなくなってしまうし、色のニュアンスも全然違ってしまいます。結局、最後の工程ではエモーショナルな部分が絵の良し悪しを左右します。 制作の最初と最後に強く表れるエモーショナルを支えるためにロジックを積み上げる、そんなイメージでしょうか。

シェル美術賞2019グランプリ黒坂祐

公募展の中身を変えていくのは作家の役目

─ 今後、どのように活動していきたいですか?

絵と並行して、場所の運営も続けていきたいですね。場づくりって、実は絵を描くのと感覚が似ているんです。たとえばここ四谷未確認スタジオのリノベーションをするなかで、古いロッカーの扉を一部取り払ったんですが、歴史があるものに手を加えることになるのでかなり迷いました。それって、絵の色面を塗るか塗らないかを判断する感覚と近くて。僕にとって絵画というものは大きな威厳を感じる怖い対象なので、1本の線でさえ、すごくビビりながら描くんです。だから、こういう誰かの思い出が息づいているような場所に恐る恐る手を入れることと似ています。
場づくりは絵と同じくらいおもしろく、また、場づくりをすることで絵のアイデアも深まるので、どちらも続けていきたいです。

─ 次回「シェル美術賞」への応募を検討されている方に、メッセージをお願いします。

公募展って知らずしらずのうちに固定されたイメージがありましたが、今回応募して、やってみないと分からないことがたくさんあると感じたんです。だから、誰かがこう言っていたからとか周りにこういう雰囲気があるからとかいう決めつけは、やめたほうがいいんじゃないかとは思います。むしろ中身を変えるのは作家です。
これまでに応募していた人たちが出すだけじゃ流れが止まるし、業界全体がいい方向に進まなくなる。公募展という“ハード”(枠組み)はきっとそんなに変わらないので、作家が応募して“ソフト”(中身)を変えていかないといけないと思うんです。だから、迷っているならまずは勇気を出して応募してみることをおすすめします。

シェル美術賞2019 ポスター

文:平林理奈 / 撮影:寺島由里佳 / 初出:コンテスト情報サイト「登竜門」

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