シェル美術賞では、作家の未来に期待し応援する企画「シェル美術賞 アーティスト・セレクション(略称SAS)」を2012年よりスタートし、本年は第7回目となります。
本企画は、「シェル美術賞」の過去受賞・入選作家から、今後の活躍が期待される作家を、前年度の審査員により4名選出し、新作・近作の作品展示機会を提供することで、若手作家の活動を継続的に支援することを目的としています。
シェル美術賞展2018の展覧会場内に、併せて展示しますので、ぜひお楽しみください。
島敦彦審査員推薦作家・菅 亮平 Ryohei Kan

写真:金川 晋吾
- 1983年 愛媛県生まれ
- 2016年
- 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了
- 2010年
- 個展「Black Box」(ヨコイファインアート・東京)
- 2012年
- シェル美術賞2012 島敦彦審査員賞受賞
- 2013年
- 個展「White Cube」(トーキョーワンダーサイト本郷・東京)
- 2014年
- 個展「Room A.EG_05」(ミュンヘン国立造形美術アカデミー・ミュンヘン)
- 2015年
- 野村美術賞受賞
- 2016年
- 2016 第一回枕崎国際芸術賞展大賞受賞
- 2017年
- 個展「In the Walls」(資生堂ギャラリー・東京)
- 2018年
- グループ展「Pn ? Powers of PLAY ?」 (東京藝術大学大学美術館陳列館・東京)
■作品・製作について
私は美術作品の創作において、複数のメディアを横断した包括的な造形言語を用いる。2009年から、模型を作りその模型の内部を撮影して「絵」を作る、モデルを用いたアプローチを開始した。絵を描くように細部まで作り込んだモデルの作製を経て、写真や映像作品が生み出される。現在は3DCGソフトを介して行っているこの方法論においては、絵画と写真の二つの要素は有機的に結びつき、「写真(フォトグラフ)」であると同時に「絵画(ペインティング)」であるような「絵(ピクチャー)」を作り出すことができる。近年は、美術作品を鑑賞するギャラリーや美術館に特有の空間である「ホワイトキューブ」を題材として、イメージと現実の間を往還しながら、それらが交錯し合うインスタレーション作品の制作に主に取り組んでいる。
■島敦彦審査員 推薦コメント
倉庫を思わせる部屋の一隅に大小の箱が積み上げられた、モノクロ調の作品《Fictional scenery-03》で私の審査員賞(2012年)を受賞した菅亮平さんだが、そこにはどこか古い映画の一場面を想起させるものがあった。ところがその後、映像で無限迷路のような世界を構築しているのには驚いた。映像といっても、スペクタルなものではない。ストーリーもない。無機質なホワイトキューブの空間(展示室といっていいだろう)が何度も何度も繰り返し登場し、そのいずれもが似たような作りで、視線が左右にあるいは正面に向かってゆっくりと移動するのだ。しかも人の歩みとは異なる、まるでドローンの眼で空中を浮遊するかのように動くのである。出口の見つからない現代社会における閉塞的な状況が込められているように感じられた。今回はどんな展開を見せてくれるのか、楽しみである。
藪前知子審査員推薦作家・ジャンボスズキ Jumbo Suzuki

- 1980年 東京都生まれ
- 2007年
- 名古屋造形芸術大学美術学部洋画学科卒業
- 2011年
- 個展 「Mille Lacs Lake」(LOOP HOLE・東京)
- 「ジャンボスズキ x 長谷川繁」(See Saw gallery + hibit・愛知)
- 個展 「愛の風景」(SNOW Contemporary・東京)
- 2012年
- シェル美術賞2012 入選
- 2013年
- 「絵画 -PAINTING」(TIME & STYLE MIDTOWN・東京)
- 2015年
- グループ展 「魚の骨」(AKIBA TAMABI・東京)
- 2017年
- 個展 「僕のピチリェートカ」(See Saw gallery + hibit・愛知)
- 2018年
- 個展 「Double Dutch」(Mitsume・東京)
■作品・製作について
「あなたがお酒で記憶を失くすのはそもそもの記憶力が低いからですよ」と指摘された時、カチンときてその場では「は?」
などとすっとぼけながらも、内心図星を指された。作品に取り掛かる時に描いた構想、悶々とするなか突如閃いた時の精通にも似た感覚、幾度も訪れる絵の方向性を左右する選択肢を選ぶ時の怖さ、一枚の絵を制作するなかで生まれたそれらの感情や思考も、完成するやいなや屁のように消えて忘れる。
新たな絵を描き出す度に「どうやって描いたっけ?」と二の足を踏むのは面倒ですが、過去の出産の痛みを忘れるからこそ第二子を産めると聞きますし、自分も忘れることで描き続けてこれたと思うので、今後も失念していく所存です。
■藪前知子審査員 推薦コメント
画面をはみ出しそうに広がった物体。モチーフは、見知ったものでありながら、異質な質感を持つものと掛け合わされることで、別の何かへと変貌を遂げつつあるように見える。例えば、子供の頃に、目の前のものをじっと見つめていると、やにわにそれが知らない何かへと立ち上がってしまう瞬間を誰しも覚えているだろう。ジャンボスズキは、その物質の変貌の瞬間に絵画の成立を賭ける。異質なものを強引に同一画面上に収めてしまうフラットな筆致と色彩のトーンの調節は、一見穏やかなようで、かえってそこで起きている不穏な出来事を強調する。そもそも絵画とは、絵の具という物質が形をとり動きを作る、一つの出来事なのだ。私は彼の絵画を、知っているようで知らない、自分とは切り離された、自律した世界として眺める。その時、絵画とは、異なる世界同士の接点に存在する一つの出入り口であることを、強烈に実感することになるのである。
能勢陽子審査員推薦作家・所 彰宏 Akihiro Tokoro

- 1990年 福島県生まれ
- 2016年
- 武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程美術専攻版画コース修了
- 2015年
- TRANSITIONS 2015国際三学院版画作品展(中国版画博物館・深?)
- 第40回全国大学版画展 町田市立国際版画美術館収蔵賞(町田市立国際版画美術館・東京)
- 2016年
- 落石計画 第9期 残響III/それぞれの視座(根室市旧落石無線送信局・北海道)
- シェル美術賞2016 能勢陽子審査員賞
- 2017年
- FACE展 2017 損保ジャハ゜ン日本興亜美術賞展(東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館・東京)
- 落石計画 第10期 クロニクル2008-2020 -痕跡と展開-(根室市旧落石無線送信局・北海道)
- 個展「所 彰宏 見えないことて゛見えること」(武蔵野美術大学 gFAL・東京)
- アートスタジオ五日市 版画展 × あきる野石版石プロジェクト(戸倉しろやまテラス・東京)
- 2018年
- The London Original Print Fair 2018(the Royal Academy of Arts・ロンドン)
■作品・製作について
私は写真をもとにして作品を制作しています。写真をモチーフにするのは、過去に撮影した出来事を「今」の感覚で再構成したいという考えからです。またもう一つの理由は、カメラの写す像に対して疑いがあるからです。生まれた時から写真・電子画像・映像が身近であった私には、これまでカメラの捉える像に何の抵抗もありませんでした。しかしよく考えてみると、人が捉えるイメージはもっと曖昧だと思います。記憶違い・視点の違い・感情的な取捨選択と改変。写真として収められた過去を、目と手を頼りに、もう一度捉え直したいと考えています。
■能勢陽子審査員 推薦コメント
所彰宏は、二百年ほど前に発明された日光写真に特有の魅惑的な青の色調で、記録写真を基に描いた絵を画面に定着する。過去の一瞬の記録は、描き直すことで別のものになり、過去のものとも現在のものともつかなくなる。この絵画の写真、また写真の絵画は、不確かなイメージと日光写真の郷愁の間で奇妙に歪んで、まるで観たことのない何かとなる。所の絵画/写真は、悪戯書きをするような児戯的な遊び心を加えて、ある時・ある空間の記憶を保持する写真の機能を裏切り、記憶の不確かさを不気味に浮かび上がらせる。まるで個性が読み取れなくなった記録は、いつの時代、どこの国のものかもまるで判然としなくなり、ノスタルジーを孕みつつも時間の失われた、ユーモラスかつどこか恐ろしいものになるのである。それは、イメージとはなにか、それにより形作られていく記憶とはなにかということを、淡々と問うてくる。存在しそうでしないこの不確かなものこそ、私たちが想像しうるイメージの先にあるものなのかもしれない。
新藤淳審査員推薦作家・ユアサエボシ Ebosi Yuasa

- 1983年 千葉県生まれ
- 2008年
- 東洋美術学校絵画科卒業
- 2013年
- トーキョーワンダーウォール公募2013入選作品展 (東京都現代美術館・東京)
- シェル美術賞2013 入選(国立新美術館、東京)
- 個展 GEISAI#19 ガブリエル・リッター賞「ユアサエボシ個展」(Hidari Zingaro・東京)
- 2014年
- 個展 「TWS-Emerging 2014/Newspaper collage project」(トーキョーワンダーサイト渋谷・東京)
- 2017年
- 第20回 岡本太郎現代芸術賞展 (川崎市岡本太郎美術館・神奈川)
- 中之条ビエンナーレ2017 (群馬県中之条町・群馬)
- 「ground under」 (セゾンアートギャラリー・東京)
- 2018年
- 第10回絹谷幸二賞
■作品・製作について
戦前に生まれていた架空の私を想像する。
架空の私は、1924年に生まれ、1987年に63歳で死去した。
作品の大半は1983年の自宅火災で焼けてしまい、残ったのは僅かばかりの作品と創作ノートだけ。それらを頼りに現実の私が作品を再制作していく。
再制作を通して架空の人物が徐々に肉付けされていき、現実の私が死んだ後に
「ユアサエボシという架空の作家が本当にいた」という“嘘”を歴史の隙間に忍び込ませたい。
また現代と距離を取ることで、より多角的に現代を捉え直すことができると考える。
■新藤淳審査員 推薦コメント
ユアサエボシは「架空の画家」だと彼自身はいう。しかも「戦前生まれの三流画家」なのだと。福沢一郎の絵画研究所に出入りしていたとの逸話、戦後まもなく進駐軍を介してアメリカ文化に影響された記憶、山下菊二らの前衛美術会に参加したという経歴……、これらはすべてユアサがこしらえた「偽」の物語の一部、もっと強くいえば「嘘」である。実際には彼は1983年生まれの男で、昭和という時代の記憶すら、わずか数年分しか有さない。しかしこの画家は、絵を描くことで、生きたことのない時空を生きようとする。実在はしなかったが、ありえたかもしれない画家の生を、生き直してしまう。ユアサの絵画に、福沢一郎らの影を認めることは容易い。けれどもそれは、たんなる引用やオマージュ、あるいはアプロプリエーションではないだろう。実在のユアサと架空のユアサの生が入り交じるなかに、真/偽、過去/現在が混濁した、絵画のオルタナティヴな時間性が作動する。